鉄道好きの記者が、播磨でひそかに乗ってみたいと思っていた「鉄道」がある。それは姫路城のすぐそば、兵庫県姫路市立動物園（同市本町）の中を走る「新幹線」の遊具だ。たかが子ども向けのおもちゃと侮るなかれ。本物をそのまま小さくしたような本格派の線路や、年代もののレトロな車体がマニア心をくすぐる。半世紀近く市民の思い出の片隅で走り続けているだろう、「お城の動物園の新幹線」を徹底解剖する。（山本　晃）

　三の丸広場前の正面入り口から園内へ。お堀に架かる橋を渡ると、右手に新幹線の線路が見えてきた。１乗車２００円。観覧車や飛行機形の回転遊具を１周するコースで全長は１５０メートルにも満たない。

　ホームに止められた３両編成の車体。懐かしい初代の新幹線「０系」を模している。白と青の塗装は毎年塗り直しているというが、年季が入っているのは一目で分かる。大人が乗るには窮屈な車両に乗り込む。「出発進行！」。操作するスタッフの声と共に、自動車のクラクションのような警笛が響いた。「ガコン」という衝動で、車体がゴロゴロと動き出した。

　すぐに急な右カーブが続く。「キィー」という金属音と、車輪がレールをすれる感覚が尻から伝わる。「ゴトゴト」と音を立てながら、風を切ってお城や堀の景色が流れていく。時計回りで３周し、出発地点のホームに滑り込んだ。

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　一帯の遊具を管理・運営している宮川鉄工所（大阪府岬町）のスタッフで、１０年以上勤務している熊谷俊樹さん（７５）の案内で、車両や線路を詳しく見せてもらった。

　まずは気になる運転席から。右側に自動車のアクセルにあたるハンドル、左下に足踏み式のブレーキがある。遊具は前進しかできないため、ホームで停止位置を通り過ぎてしまったら、サービスでもう１周するそうだ。

　車両は電動で、先頭車両の「鼻」の部分にモーターが入っている。線路の幅は３４センチ。レールとレールの間に電線が通っており、先頭車の台車に取り付けられた部品から電気を取り入れている。カーブ部分は通過しやすいように、本物の鉄道と同じく、競輪場のバンクのような傾斜も。枕木もしっかり敷かれている。

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　同社などによると、遊具は１９６４年ごろから今の場所で走り始めたという。当初は蒸気機関車形だったが、７２年に山陽新幹線が開業した前後で、当時人気だった０系新幹線に交代した－という話もある。ただ、運営会社が変わるなどしており、詳細な記録は残っていないという。案内板に「汽車」とあるのはその名残だそうだ。

　同社の宮川益和社長（６７）も「（前の会社から引き継いだ）約４５年前からは、ほぼ姿を変えずに走っているはずだ」。かつては新型の「のぞみ号」などに車両を変えようとしたこともあったが、規格が独特で特注品になることから断念。車体をつり上げるなどの定期点検や、小規模な修理を繰り返しながら走り続け、今でも子どもたちを中心に人気だという。

　現在は隣接する観覧車や飛行機の遊具と共に、熊谷さんを含めたスタッフが交代で操縦や保守管理をしている。熊谷さんは「古い機械が多く操作は一苦労な面もあるが、子どもたちの喜ぶ声が何よりも励みになる」と話す。

■屋根なし観覧車、飛行機の回転遊具…レトロな乗り物　他にもいろいろ

　動物園に残る年代モノの遊具は、新幹線だけではない。園内を見渡すと、まるで博物館のように、昭和を感じる乗り物たちが残っている。

　まず目を引くのが観覧車。新幹線などと同時期に作られたとみられ、高さ約１２メートルと小ぶりで、屋根がないゴンドラが特徴的。全国ネットのテレビ番組で取り上げられた。春には眼下に満開の桜が広がる。

　姫路市立美術館側の北入り口近くにあるモノレールも本格派で、大天守を近くで眺めることもできる。飛行機を模した回転遊具やコーヒーカップなども残る。

　同市立動物園によると、遊具類が設置されたのは１９５０年代から。当時は西宮市の阪神パークや宝塚ファミリーランド（いずれも閉園）など、動物園と遊園地を一体化させた施設が多く、姫路市立動物園も「娯楽がまだ少ない時代だけに、レジャー施設のような性格も担っていたのでは」とする。

　姫路でまとまった遊具が令和の時代まで残ったのは、姫路城に隣接する立地面の事情も大きいとされる。一帯が国の特別史跡にあたるため、施設を大規模に改修したり、新しく造ったりすることが難しいからだ。さまざまな「大人の事情」が相まって、昭和の面影を色濃く残す動物園の遊具たち。子どもたちの笑顔を乗せて現役を貫く姿を、今のうちに記録しておきたい。