阪神・淡路大震災で、医師の増田潤さん(71)は、芦屋市業平町の実家が倒壊し、母悦子さん=当時(71)=と姉美紗子さん=同(47)=を失ったが、その名を刻む公の場はなかった。「お母ちゃん、姉ちゃん。やっと居場所ができてよかったな」。神戸・東遊園地の「慰霊と復興のモニュメント」で11日、名前が記された銘板を手に語りかけた増田さん。よみがえる思い出に涙があふれた。
実家には、悦子さんと美紗子さん、父優さんの3人が暮らしていた。
母は離れに下宿していた数人の大学生に、毎日朝晩の食事を世話する働き者。誰にでも分け隔てなく接する人だった。姉は中学受験を指導する進学塾の人気講師。勉強好きで、教えるのが生きがいだった。
増田さんは当時、三木市の病院に勤務。地震の数日前に家族4人で帰省したばかりだった。車で芦屋に向かうと、木造2階建ての実家はぺしゃんこで、人の気配はなかった。
「母と姉は無事」と聞いた。がれきの中、歩いて芦屋の全病院を回ったが、2人は見つからない。
その日の夜、市内の避難所で父と再会した。落ちてきた家の梁(はり)がピアノで止まって助かったこと、下宿の学生たちに運び出してもらったこと、隣に寝ていた母と2階にいた姉の安否が分からないことを聞いた。
2日後だっただろうか。自衛隊員が母と姉を運び出してくれた。遺体は怖くて直視できなかった。
震災前日、母が「買い物行くのがしんどなった。食事の世話やめよかな」と珍しく弱音を吐いた。それが最後の会話になった。
火葬までの約1週間は、遺体安置所に通い、ずっとそばにいた。2人とも安らかな顔をしていたが、きれいにしてあげたいと化粧を施した。
■
地震後は明石市内で開業し、「2人の分も」と精いっぱい生きてきた。父にけがはなかったが、2004年に亡くなった。
銘板に名を刻みたいと考えたきっかけは、古里に引っ越した後に参列した20年1月17日の芦屋市の追悼式典。慰霊碑には誰の名前も刻まれていなかった。「公表を希望しない遺族がいる」との理由で、ステンレスの銘板が地下に納められている、と知った。
「亡くなった後は名前しか残らない。お墓や戦争の慰霊碑には名が刻まれるのが普通じゃないか」
後日、希望者だけでも銘板に刻む考えはないかと芦屋市に尋ねたが、「既に決まったことで公開予定はない」との回答だった。やるせなさが残った。
■
この頃、宝塚市に犠牲者の名を刻む碑ができたと報じる新聞記事を読んだ。「銘板があれば、犠牲者一人一人が生き続ける場所ができる」と確信。神戸市の碑は市外の犠牲者も名を刻めると知って、応募した。
この日、増田さんは「いい家に入れたな」と語りかけながら銘板を取り付けると、不意に温かさを感じ、涙があふれ出た。「2人の喜んでいる顔が見えました」と振り返った。
母親と同じ年齢になった増田さん。震災から来年で27年がたち、遺族は高齢化している。同意の必要性を考えると、銘板公開は「今が最後のタイミング」と捉えている。
「銘板があれば、母や姉と知人もつながれる。次世代にも命の重みが伝わる」と信じ、芦屋市に名を刻む尊さを訴え続けるつもりだ。(藤井伸哉)
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