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2025 . 10 . 03 ( 金 )
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1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生。都市直下型大地震で、死者6434人、全半壊計約25万棟、ライフラインなどにも甚大な被害が生じた。震災直後から1カ月間の被災地を振り返る。
被災地の1カ月
燃え落ち、わずかに看板だけが残る鷹取商店街=1995年1月17日午前10時20分、神戸市長田区日吉町5
陥没した大開通。地下には神戸高速鉄道大開駅。通りの向こうから黒煙が迫る=1995年1月17日、神戸市兵庫区大開通
庭の木には救出を訴える張り紙が…=1995年1月17日午前11時、兵庫県芦屋市津知町
広がる火煙を見上げながら不安な表情の住民=1995年1月17日午前11時半、神戸市長田区一番町4、御蔵小学校
付近の住民も協力して崩壊家屋からの救出が行われた=1995年1月18日午後1時半、神戸市灘区鹿ノ下通
仮設電話には必死の電話連絡をする市民らでごった返した=1995年1月18日午前、神戸市長田区蓮池町、蓮池小学校
断水で悩む主婦らは地下水で生活水を確保した=1995年1月18日午前、神戸市兵庫区湊町
軒並み倒壊した民家=1995年1月18日午前11時15分、兵庫県津名郡北淡町富島地区(現・兵庫県淡路市)、ヘリから
34人が生き埋めとなった兵庫県西宮市仁川百合野町のガケ崩れ現場=1995年1月18日午後1時半、ヘリから
崩壊した阪神高速道路。間一髪、バスは転落をまぬがれた=1995年1月18日午前、兵庫県西宮市本町、ヘリから
高架が崩れ阪神電車は脱線。周囲の建物も押しつぶされた=1995年1月18日、神戸市灘区大石東町
家を失った被災者は、学校や体育館に避難。長引く避難所生活にぐったり=1995年1月22日午後8時、神戸市長田区神楽町1、神楽小学校
教会は倒壊したがキリスト像は健在。しかし被災者の苦悩の日々は続く=1995年1月26日午後4時、神戸市長田区海運町
飼い主を探すのか、被災地に集まってくる犬やネコ=1995年1月30日、神戸市長田区苅藻通4
神戸の大仏さんで親しまれる能福寺で、ぞうすいの炊き出しが行われた=1995年2月2日、神戸市兵庫区北逆瀬川町
街の復興はここから-と横断幕で意気込みを見せる元町商店街=1995年2月3日、神戸市中央区元町通2
ガレキの中に再開した喫茶店。復旧工事にたずさわる人たちにも好評だ=1995年2月5日、神戸市須磨区寺田町
全国から寄せられた救援物資。日用品などを求める市民が詰めかけた=1995年2月7日午後3時40分、神戸市兵庫区御崎町、御崎公園
仮設住宅生活にも落ちつき、お隣さんと引っ越しのあいさつも…=1995年2月16日、兵庫県芦屋市緑町
震災から1カ月。焼け跡で線香をあげ手を合わせる親子=1995年2月17日午前7時50分、神戸市長田区若松町