ひょうご経済プラスTOP 経済 関西スーパー創業60年 鮮度管理や省力化、他店のモデルに

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関西スーパー創業60年 鮮度管理や省力化、他店のモデルに

2019.12.04
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創業当時の関西スーパーマーケットの1号店(同社提供)

創業当時の関西スーパーマーケットの1号店(同社提供)

創業60年を迎えた関西スーパーマーケットの本社。左側は中央店(1号店)=伊丹市中央5

創業60年を迎えた関西スーパーマーケットの本社。左側は中央店(1号店)=伊丹市中央5

 兵庫県や大阪府を地盤とする関西スーパーマーケット(同県伊丹市)が3日、創業60年を迎えた。創業者の故北野祐次氏が日本版スーパーマーケットのモデル確立に注力。小売業を取り巻く環境が変化しても食品の販売に特化し、地域密着の店舗経営で売り上げを伸ばしてきた。(三島大一郎)

 かつお節の卸業者だった北野氏がスーパーマーケットの将来性に着目し、1959(昭和34)年に前身の「相互産業」を設立。伊丹市に1号店を開いた。出資者10人が力を合わせて未開の分野を切り開こうとの思いで命名。個々の店で精算するのではなく、店内の陳列棚から商品をとり、レジで一括精算するスーパーマーケットは当時、日本でまだ根づいていなかった。

 北野氏は、ダイエーの中内功氏らとともにスーパーマーケットの業態確立に奔走した。米国への視察を通じて得たノウハウを自社の店舗に導入。生鮮品の加工場を自前で整備し、野菜の冷蔵ケースや品出し用台車「カートラック」をいち早く取り入れ、鮮度管理や省力化の仕組みを構築した。

 同社は蓄積したノウハウを他企業に公開。「当社も米国で手取り足取り教えてもらった。『来る者拒まず』だった」と北野氏の長男で相談役の裕昭氏(68)は語る。「関西スーパー方式」と呼ばれ、全国のスーパーマーケットのモデルとなった。

 1989年に年商500億円、99年には1千億円を達成したが、順風満帆だったわけではない。阪神・淡路大震災で多くの店舗が被災。急成長を目指して着手したホームセンター事業は赤字が膨らみ2005年に会社清算した。総合スーパーの登場やコンビニ、食品を扱うドラッグストアの拡大などでますます競争も激しくなっている。

 このため、物流センターの新設や自動発注システムの導入などで低コストの体制づくりを強化。16年には同じく関西に拠点を置くエイチ・ツー・オー(H2O)リテイリングと資本業務提携を結んだ。

 高齢者ら買い物弱者を支援するため、2年前から移動スーパーを始めた。健康に配慮した総菜の開発や資源のリサイクルなど環境改善を意識した活動にも積極的に取り組む。

 柄谷康夫営業副本部長(59)は「これからも鮮度を追求し、季節ごとに新しい商品を提案していく。店の利便性を感じてもらえるよう努力するとともに、地域に貢献できるスーパーでありたい」と意気込む。

 関西スーパーマーケット 東証1部上場の食品スーパー。1974年に現社名となった。現在は兵庫と大阪、奈良に計64店を展開。帝国データバンク神戸支店によると、2019年3月期の売上高に当たる営業収益(単体)は1195億3800万円で、兵庫県内に本社を置く食品スーパーではトップだった。資本金98億6293万円。社員1151人(19年3月末現在)。