ひょうご経済プラスTOP 経済 今夏閉店西神そごう 激震翌日に長蛇の列「ある物だけでも売ろう」

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今夏閉店西神そごう 激震翌日に長蛇の列「ある物だけでも売ろう」

2020.01.18
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震災翌日、買い物かごに商品を山積みにし、並ぶ買い物客=1995年1月18日(同店提供)

震災翌日、買い物かごに商品を山積みにし、並ぶ買い物客=1995年1月18日(同店提供)

商品がほぼなくなった陳列棚=1995年1月18日(同店提供)

商品がほぼなくなった陳列棚=1995年1月18日(同店提供)

震災翌日、開店前にできた長蛇の列=1995年1月18日、神戸市西区、西神そごう前(提供写真)

震災翌日、開店前にできた長蛇の列=1995年1月18日、神戸市西区、西神そごう前(提供写真)

震災翌日、開店前にできた長蛇の列=1995年1月18日、神戸市西区、西神そごう前(提供写真)

震災翌日、開店前にできた長蛇の列=1995年1月18日、神戸市西区、西神そごう前(提供写真)

震災25年の節目に、従業員通路の壁に掲示された本の抜粋=神戸市西区糀台5、そごう西神店

震災25年の節目に、従業員通路の壁に掲示された本の抜粋=神戸市西区糀台5、そごう西神店

 24年前、そごう西神店(神戸市西区)の従業員らが一冊の本を発行した。表題は「私たちは、あの経験を忘れない」。阪神・淡路大震災直後の店内の様子や従業員の心中をつづった克明な記録だ。曲折を経て今夏で閉じる同店に、当時を知る従業員は数人しかいない。震災25年の節目に、百貨店の存在意義をかみしめたあの経験を伝えようと、店内で従業員向けに初めて掲示した。(三島大一郎)

 本は1996年7月17日、同店と労働組合が共同で発刊した。当時の約半数の従業員404人の手記を収め、出来事などを分刻みで記す。今月上旬から、全312ページのうち約120ページ分を拡大コピーし、従業員通路に張り出している。

 大地震が起きた95年1月17日は休業日だった。入居する市営地下鉄西神中央駅の駅ビルに大きな被害はなく、従業員も全員無事だった。だが、店の正面扉のガラスは割れ、売り場の壁も破損。あらゆる商品が落下し、多くが損壊した。

 午後2時20分ごろ、翌18日正午に1階部分のみで営業再開する方針が決まる。1階は食品売り場で、缶詰や瓶類などが床に散乱していた。

 正直何を考えているのかと思った。しかし(上司の)「こんな時やから地域の人のために、ある物だけでも売ってやらんと」との言葉に感動し、自分たちも頑張らねばと思った(食品担当 男性派遣社員)。

 食料品に加え、生活必需品も1階のワゴンに並べた。開店を待つ客の列は、300メートルにもなっていた。

 顧客の中には被災者がたくさんいた。食料品以外にも、下着などの替えがなく、1枚何千円もする商品を買う人が何人もいた。できるものならただで差し上げたい気持ちでいっぱいでした(婦人服担当 女性社員)。

 10日後、全館で営業を再開。その後、西区内に多くの仮設住宅が建設され、客が増えた。3月には、本館が半壊した神戸店の従業員約100人が西神店に異動した。

 また販売ができる。それだけのことがすごいことに思えました。売り場では(被災者らから)「そごうさんが開いてて驚いた。本当に助かった」「デパートに入って、もう大丈夫だとほっとした」との声をもらった。地震で自宅を失い、どろどろの外商カードでパジャマを買い、本当に喜んでいらっしゃる女性もいた。物を売るだけが百貨店じゃないと、初めて感じた(婦人服担当 女性社員)。

 「西神店は地域の人々に希望を与え、従業員は被災者から勇気をもらった」。冊子編集者の1人、三原浩文食品課長は語る。「神戸で営業を続けてきた証しの一つとして、次世代に語り継いでもらいたい」

 今年8月末、同店は閉店する。(手記は抜粋。一部加筆しています)