経済
【ベンチャーを追う】会社員の起業 挑戦後押し 京都に住み込み育成施設
会社員らを対象にする社会起業家の育成施設が昨年、京都市左京区にできた。異業種の人材が住み込みで事業計画を磨き合うという前例がない手法を展開している。運営会社フェニクシー(京都市)の社長橋寺由紀子(53)=兵庫県三木市出身=は、「大企業の中に起業精神を持つ人がたくさんいる。組織の壁を越えた挑戦に火を付ける」と狙いを語る。施設を訪ねた。
「toberu」(トベル)。前に飛び出す願いを込めた施設は、京都大から徒歩数分の住宅街にある。鉄骨3階建て延べ558平方メートルの内部に、研修スペースと個室、古都らしい坪庭を配置。吹き抜けの壁一面を使った書棚には、運営に賛同する著名な経営者や学者からのメッセージと推薦図書を並べたコーナーを設け、学ぶ意欲を刺激する。
ダイキン工業、オムロンなどスポンサー契約している8社が社内で希望者を募集し、選考を経てトベルで受け入れる。
合宿は4カ月間に及び、ベンチャー企業の経営者やコンサルタントらが指導する。参加者が所属企業に戻って事業化したり、新会社を設立したりすることを想定している。
2期目の本年度は、30代後半を中心に会社員8人が昨年11月から滞在し、別枠で受け入れた留学生3人が出入りする。持ち寄った事業案は、突然の死に備える遺言サービス▽妊婦の健康状態を把握するアプリ▽太陽光発電式のIoT(モノのインターネット)センサーによる製造業の高度化-など幅広い。
参加者への要請は、環境、貧困、高齢化などの社会の課題解決と利益を同時に追求することだ。簡単ではないが、こうした分野に関心が高まっている投資家の資金を呼び込め、取り組みの持続につながる。橋寺は「本人にも、送り出す企業にも利点がある仕組みとして定着させたい」とする。
橋寺自身も、もともと会社員だった。神戸女子薬科大(現神戸薬科大)を卒業後、大阪の製薬会社で働いた。上司の久能祐子(65)らが起こした医薬品ベンチャーに移り、社長を務めた。
退任後、大学で公衆衛生を学び直し、MBA(経営学修士)を取得した。米国で科学者・実業家として名を上げた久能の育成施設構想に共感し、2018年にフェニクシーを創業した。
会社員時代、大きな利益を生む新薬の研究開発に携わる中、「お金持ちにしか届いていないのではないかとの思いもあった」とし、社会起業の支援を掲げる動機となっている。
今後もスポンサー企業の開拓を続け、近隣の敷地で施設の増設を検討している。「若い人の力がイノベーション(技術革新)に向かえば、日本は大きく伸びる」と希望を抱く。=敬称略=(内田尚典)