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【評伝】「生涯職人」妥協なく弟子育成 比屋根毅氏死去

2020.06.09
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郷里・沖縄への出店や、尼崎市に分散していた工場の統合などについて語る比屋根毅さん=2014年4月撮影

郷里・沖縄への出店や、尼崎市に分散していた工場の統合などについて語る比屋根毅さん=2014年4月撮影

 「生涯、職人でありたい」。常に白衣を身に着けるのは、その思いの表れだった。洋菓子メーカー、エーデルワイス(神戸市中央区)の創業者で会長の比屋根毅(ひやね・つよし)さんが4日亡くなった。沖縄・石垣島を15歳で出立し、尼崎・立花の商店街で1966年に開いた小さな店から、全国で85店舗を展開する業界の主力企業に育て上げた。毎朝、白衣姿で工場を巡回し、職人一人一人に声を掛ける習慣は、会社が大きくなっても変わらず続いた。

 生来の面倒見の良さで後進の育成に力を注ぎ、独立を奨励した。同社から50人以上の職人が巣立ち、「比屋根組」と称される実力派集団は業界で光を放つ。

 一番弟子を任じる「ケーキハウス・ツマガリ」(兵庫県西宮市)の津曲孝さん(69)は「妥協を許さない姿勢をとことん仕込まれた」と振り返る。コンテストを前に納得できる菓子が作れず涙に暮れていたとき、一緒に泣いてくれたのが忘れられないという。社長室を1週間立ち入り禁止にし、一緒に出展作品を作り上げた。「厳しかったが、情に厚すぎる人だった」

 比屋根さんは兵庫県洋菓子協会の会長も務めた。業界は、原料高騰や「コンビニスイーツ」との競争激化に見舞われ、直近では新型コロナウイルスの感染拡大に伴う向かい風にさらされる。協会で活動を共にした「レーブドゥシェフ」(神戸市垂水区)のオーナーシェフ佐野靖夫さん(67)は「技術者の心構えはもちろん、『1円まで大事にしなさい』と経営者としての在り方を語っていたのが印象的」と話す。

 ぼくとつとした口調で洋菓子への情熱を語り、照れ屋の一面もあった。カメラを向けると表情はとたんに固くなり、それでも、懸命に表情を和らげようとする誠実さは、菓子作りの姿勢に通じていた。(塩津あかね、中村有沙)

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 エーデルワイスは8日、会長の比屋根毅氏が4日午後4時25分、呼吸不全のため同県芦屋市の自宅で死去したと明らかにした。82歳。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は長男で同社社長の祥行(よしゆき)氏。後日、お別れの会を開く。