ひょうご経済プラスTOP 経済 和辻哲郎文化賞に前日銀総裁・白川さん 経済学作品で初

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和辻哲郎文化賞に前日銀総裁・白川さん 経済学作品で初

2020.11.28
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「和辻賞では深い読みで評価していただいた。授賞式で姫路に行くのが楽しみだったが、コロナで見送りになり残念」と話す白川方明さん=東京都千代田区(撮影・西岡正)

「和辻賞では深い読みで評価していただいた。授賞式で姫路に行くのが楽しみだったが、コロナで見送りになり残念」と話す白川方明さん=東京都千代田区(撮影・西岡正)

 第32回和辻哲郎文化賞に前日本銀行総裁、白川方明(まさあき)さんの著作「中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年」が選ばれた。経済学作品の受賞は1988年度の創設以来初。政治経済という究極の現実世界に身を置き、揺れ動く状況と向き合った苦闘の記録であるとともに、民主主義社会で信認や共感を基に中央銀行の果たす役割をひたむきに問うたのが特徴だ。金融政策に過度の期待を求めがちな時代の空気の中で、時流に流されず真の課題に向き合う大切さが強調される。(加藤正文)

 執筆の動機について「自分の見た同時代史を後世に残すのはたまたま総裁の任にあった人間の義務と感じた。特に伝えたかったのは『時代の空気』の怖さだ。人間は同じような失敗を繰り返している。この本が将来の政策判断の材料となることを願っている。回顧録ではどうしても自己弁明と受け取られる」。

■二つの大震災

 バブル崩壊と金融危機は「後々まで人々の意識を形作った出来事」と描かれる。兵庫では初の銀行破綻として兵庫銀行が行き詰まった。その後できた、みなと銀行は曲折の末、りそな傘下になった。神戸本拠の大手行もとっくにない。「日本は未曽有のバブルを経験したが、中でも関西はすさまじく、崩壊の影響も深刻だった」と指摘する。

 平成時代の重要な画期として95年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災がある。

 〈阪神・淡路大震災以降は詳細な計画をたて、業務継続体制の構築には相当の経営資源を割いてきた〉

 日銀の根源的な存在意義は金融インフラを確実に提供することだ。「総裁就任の際、中央銀行として一番鼎(かなえ)の軽重を問われるのは首都圏直下型地震をはじめ巨大地震が起きた場合の対応だと思っていた」

■本質外れたデフレ論議

 日本経済はグローバル金融危機、ユーロ危機、東日本大震災と重なり厳しい状況が続いた。政治や経済界からも円高やデフレへの対応を求める声が噴出した。「日本経済の真の課題を世の中に説明し、その上で日銀として取るべき行動を取るように努めた」。しかし時代を覆うデフレ論議の影響は大きかった。

 〈日本のデフレ論議は、日本経済にとって実に不幸なことだった。問題の本質は労働人口の減少と生産性の低下であるにもかわらず、物価の下落が低成長の原因とされた〉

 中央銀行が本気になって期待に働きかければ物価は上昇するという議論が支持を集めた。生産性向上ではなく、大胆な金融緩和を求める声が高まっていった。「こうした『ナラティブ(物語)』が時として世の中を席巻する」。白川さんは言及しないが、それはアベノミクスで一段と強調された。「異次元」と称される緩和策の出口はもはや見えてこない。

 安倍政権の7年8カ月が終わり、菅政権になった。この間、生産性上昇率はそれ以前に比べて低下した。「デフレ論議の不毛さを感じる。真の課題に社会のエネルギーが向かわなかったコストは大きかった。ただ社会は教訓を本当に学んだかと問われればイエスと言う自信はない」

 本書で強調されるのが信認の大切さだ。信認は空気のような存在で社会全体で守る努力をしなければ「気が付くと変化していたということが起こり得る」。では中央銀行はどんな存在であるべきだろう。

 「セントラルバンカーは経済の健康を診る医者。病気のメカニズムについての知識は不完全であっても、患者は信頼する医者に対しては『あの先生が言うのだから』と任せる。民主主義社会の中央銀行も同じ。だからこそ必要な共感を得る努力が何より重要だ」

 東洋経済新報社。4950円。

【しらかわ・まさあき】青山学院大特別招聘(しょうへい)教授。1949年生まれ。東大卒。72年日本銀行。2008年~13年、総裁。著書に「現代の金融政策-理論と実際」など。なお和辻哲郎賞は姫路市が創設した。