ひょうご経済プラスTOP 経済 スペイン風邪のさなかに創業 世の中大混乱で迎える100年の節目に「運命」 尼崎信用金庫

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スペイン風邪のさなかに創業 世の中大混乱で迎える100年の節目に「運命」 尼崎信用金庫

2021.01.24
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「世界の貯金箱博物館」。約1万4千点を無料で公開し、地域の名所的存在だ=尼崎市内(撮影・大山伸一郎)

「世界の貯金箱博物館」。約1万4千点を無料で公開し、地域の名所的存在だ=尼崎市内(撮影・大山伸一郎)

尼崎信用金庫理事長・作田誠司さん=尼崎市内(撮影・大山伸一郎)

尼崎信用金庫理事長・作田誠司さん=尼崎市内(撮影・大山伸一郎)

■尼崎信用金庫理事長 作田誠司さんに聞く

 兵庫県には全国4位の11信用金庫があり、信金王国と称される。その中で、預金・融資量とも最大の尼崎信用金庫(尼信、尼崎市)が今年、創業100年を迎える。100年前といえば、第1次世界大戦後の恐慌やスペイン風邪による苦境のさなか。米中貿易摩擦に端を発した経済の混迷、新型コロナウイルス感染拡大が止まらない2021年とどこか似通っている。尼信の理事長で、県信用金庫協会長を務める作田誠司さん(58)は「相互扶助の精神は、創設時からのDNA。世の中が大混乱に陥っているタイミングで迎える100年の節目、運命を感じます」。これまでも、これからも、地域と共に生きる覚悟だ。(佐伯竜一)

 -コロナ禍など歴史的な事態が広がります。業績はどうですか。

 「昨年3月末の預金残高は、1年前比で1・3%増、融資残高は1%減でした。それが11月末までの8カ月で、預金が9・3%増の2兆8451億円、融資が5・9%増の1兆3439億円に急増しました。売り上げが減った中小企業の資金需要で、国の無利子・無担保融資の利用が大幅に伸びたためです。コロナ禍のダメージはさまざまな業種に及び、金庫の収益は後回しで手当てを急ぎました」

 「資金が一通り行き渡ると、将来展望の相談が増えました。収束のめどが立たず、『このまま事業を続けていいのか』と、事業承継や企業の合併・買収(M&A)、ビジネスモデルの転換を考える経営者が増えています。腹を割って話し、地域の事業、雇用が維持されるよう応援しています。昨年12月には県内の11信金が合同で、食品関連の取引先向けのオンライン商談会を開いて販路開拓をお手伝いしました」

 -創設時の1921(大正10)年も、地域経済は厳しかったとか。

 「当時、日本は大戦後の恐慌で、輸出不振や株式暴落など深刻な不況にあったといいます。尼崎周辺は、銀行、紡績会社、鉄道、マッチや紙の製造が急成長していましたが、恐慌により工場閉鎖や操業短縮、人員整理を迫られました。その頃は、銀行といえば資産家などの機関銀行で、中小零細には縁遠い存在でした。商工業者や庶民の金融手段は頼母子講(たのもしこう)や質屋などで、資金難に苦しんだようです。こうした事情を背景に、尼信の前身となる信用組合の設立が計画されました。設立時の事務所は赤れんがの2階建てで、今も本店近くに記念館として残っています。組合員14人、役員12人、常勤職員5人の船出でしたが、自転車で駆け回って加入者を増やしました」

 -そもそも信用金庫は、銀行と何が違うのですか。

 「銀行は株式会社の営利法人ですから、株主利益を追います。大企業を含め、全国で取引が可能です。一方、信用金庫は地域の相互扶助、助け合いを目的とする非営利法人です。営業地域に居宅や事業所がある会員らが出資し、融資は原則会員を対象とします。主な取引先は中小企業や個人です。業務範囲に制限がある半面、会員本位の運営をしやすく、より長期的な地域貢献などが望めます。尼信は設立時、『産なきものは協力し、産あるものに理解を求め、産あるものは産なきものに協力する』と宣言しています」

 -作田さんは、なぜ尼崎信金で働こうと思ったのですか。

 「大学時代、金融や保険を学ぶゼミに入りました。就職活動時、損害保険会社が人気だった中で、恩師から『地域金融機関も面白い』と勧められて。神戸のワールドとかアパレルもいいなと迷ったけれど、地元志向が強かったこともあって採用試験を受けました。さらに言えば、母親が尼崎の商店街でなべやかま、茶わんを扱う小売店を営んでいて、尼信と取引がありました。職員を『あましんのおっちゃん、おばちゃん』と呼んで話していたから、イメージは良かったですね」

 -入庫後、大切にしている信条はありますか。

 「40歳のころ、尼崎のけま支店で初めて支店長をしました。担当地区を自転車で回って、自治会長とか市場の理事長とか地元の人に声を掛け、性格や仕事ぶりに触れ、何が求められているか考えました。温かい人が多く、職員もよく動いてくれて、尼信らしさを体感しました」

 「けまに限りませんが、前任から引き継いだお客さんとも、自分が新たに取引を始めたお客さんとも同じ気持ちで向き合うようにしています。信用金庫人の王道は、当たり前やけど、顧客と顔の見える関係性を築くことに尽きます。懐に飛び込んで、一緒に事業を考える。設備資金を用意して、事業が軌道に乗ればビジネスを拡大できる。理事長になってからは、職員に『お願いセールスはだめ。お客さんと対等の目線で話そう』と言っています。知恵を出して汗をかき、一緒に成長させてください、と」

 -尼信は、基本方針に「金庫の繁栄、職員の幸福、地域社会への貢献を通じて我(わ)が国経済の発展に寄与する」と掲げています。

 「『金庫』『職員』『地域』のどれも欠けては成り立たない、と先人がことあるごとに実感し、伝えてきたということです。職員個人の都合や尼信の利益を優先したらどこかでつまずきますが、裏表なく仕事をすれば人に伝わります」

 -地銀再編論などが言われています。県内11信金や尼信の未来をどう展望しますか。

 「少子高齢化が進み、人口は減ります。貸出金の利回りは下げ止まらず、コロナ禍で倒産などが増えれば信用コストもかさむでしょう。金融機関を取り巻く環境が厳しい点は、間違いありません」

 「ただ、11信金の経営はいずれも安定しており、いますぐ何か必要としているところはありません。兵庫は県域が広大で、各信金はきめ細かいサービスで差別化できています。むしろコロナ禍のいまこそ、親身になる金融機関が選ばれると思います。やるべきことをやっていれば、お客さんは離れません。尼信でも、より適切な店舗配置や個人向けコンサルティングの強化など、業務改革を急ぎます。工夫によって、今回の苦境も必ず乗り越えられる。信用金庫にはそれだけの素地がある、と確信しています」

【さくだ・せいじ】関西大商学部卒、1985年入庫。秘書室長、総合企画部長、常務理事執行役員などを経て2016年6月から理事長。20年6月からは兵庫県信用金庫協会長も務める。尼崎市出身。

<データ>尼崎信用金庫 1921年、前身の「有限責任尼崎信用組合」を創業。51年、尼崎信用金庫に改組した。「阪神タイガース定期預金」などが人気。兵庫県と大阪府、ネット上に計90店舗。役職員約1650人。