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第2部 雇用創造の夢(中) パソナグループ代表・南部靖之氏 規制緩和背景に事業を拡大

2023.03.01
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「失われた30年」における自身の歩を振り返るパソナグループの南部靖之代表=淡路市野島常磐、グローバルハブスクエア

「失われた30年」における自身の歩を振り返るパソナグループの南部靖之代表=淡路市野島常磐、グローバルハブスクエア

リーマン・ショック後、若者の就職を支援した「パソナフレッシュキャリア社員制度」の広告。3年間で約7300人の就労を支援したという(パソナグループ提供)

リーマン・ショック後、若者の就職を支援した「パソナフレッシュキャリア社員制度」の広告。3年間で約7300人の就労を支援したという(パソナグループ提供)

 パソナグループは実は、売上高ベースでみた場合、人材派遣業界の最大手ではない。2位でも3位でもなく、4位だ。

 それでも、動向がこれだけ注目されるのは、創業者の南部靖之氏(71)が業界を切り開いてきたパイオニアであるからに他ならない。

 安倍晋三元首相や、特別顧問、会長として迎え入れた元総務相にして経済学者の竹中平蔵氏…。政財官界との関係の深さから、時に我田引水の疑惑の目を向けられることもある。

 「僕はずっと『社会の問題点を解決する』ことを創業の精神として、事業に取り組んできた」。南部氏は語る。「社会の問題点というのは、毎年変わるんですよ。だから、いつも僕の出番がある」

■震災後、目指したのは雇用の流動化

 1995年、阪神・淡路大震災時に神戸に駆け付け、5万人の雇用創出を掲げて奔走した南部氏は、2001年の株式上場と並行して次の大仕事に取りかかる。

 当時の日本は、山一証券の経営破綻に始まる金融危機のさなかにあった。大手企業ではリストラの嵐が吹き荒れ、失業者数は300万人を突破。「『日本列島大地震』の様相だった」(南部氏)といい、パソナは「200万人の雇用創出計画」を打ち出す。

 この計画の柱となったのが「人材ブリッジバンク」だ。リストラを急ぐ大企業から、事業の拡大に向け求人意欲の強い中小企業へと人材を橋渡しする画期的な仕組みで、「失業なき転職」の実現を目指した。

 職業紹介の規制が厳しかった阪神・淡路大震災当時はできなかったことだ。97年以降の職業安定法の規制緩和により、民間事業者による職業紹介に道が開けた。

 人材ブリッジバンクの実施主体として、02年に「関西雇用創出機構」、03年に「関東雇用創出機構」を設立。三菱電機や山陽特殊製鋼、住友化学工業など重厚長大型産業を中心に、関西に32社、関東に38社が参画した。

 この仕組みの延長線上に、南部氏は壮大な構想を持っていた。「日本株式会社 人財部」なる雇用インフラの創設だ。経済界の一致団結のもと人材の共通プラットフォームをつくり、雇用の流動化を目指した。

 「民間企業が一企業の利益を超えて手を結ぶことで人材流動を推し進め、雇用創出の大きな波を起こしたい。そして今の閉塞(へいそく)した日本経済を活性化し、民間の力で日本を再生したい」と語っている。

 両機構は、総数は不明だが、一定数の橋渡しを実施。役目を終え、11年、定年退職者や中高年人材の就労を支援する「日本雇用創出機構」に姿を変えた。

■人件費削減進める社会の合わせ鏡

 人材派遣、職業紹介の規制緩和を背景に順調に事業を拡大させたパソナだが、08年、リーマン・ショックで「派遣切り」「雇い止め」が社会問題化すると、雇用の調整弁にされる派遣労働の負の側面が注目され、業界のリーディングカンパニーとして批判を浴びた。

 この頃から、総務・財務、行政事務など、企業や官公庁の業務をパッケージで請け負う「BPO」(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を強化。今、主力事業として利益をけん引している。

 東京五輪・パラリンピックの会場運営や新型コロナウイルス禍関連のBPOでは、多額の中抜きなどが批判にさらされた。南部氏は反論する。「こんなに大規模で煩雑な仕事の管理を、他の誰にできるというのか」

 パソナの事業拡大は、不況を経て採用抑制、人件費削減を進めてきた日本社会との合わせ鏡のようだ。