マイウェイ汀の物語 1・17から3・11へ(10)エピローグ
2021/02/24 05:30
東遊園地で東北への思いを語る小島汀さん=神戸市中央区加納町6(撮影・鈴木雅之)
■東北とずっとつながり続けたい
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今月13日午後11時すぎ、福島県沖を震源とする最大震度6強の地震が起きた。
「ままー! 無事?」
小島汀(おじまみぎわ)(29)=兵庫県芦屋市=は翌朝すぐ、岩手県釜石市の澤口玉枝さん(54)にメッセージを送った。
東日本大震災10年を前に再建できた新居も、パン工場も被害はなかった。ほっと胸をなで下ろす。
「先生」と慕う同県陸前高田市の村上洋子さん(63)、大学時代にボランティアで訪れた宮城県石巻市雄勝(おがつ)町の人たち…。他にもまだまだいる。顔を思い浮かべては不安になり、祈る思いで連絡を取った。
◇
東日本大震災が起きてから、汀は何度も考えてきた。私は、阪神・淡路大震災の後、何をしてもらってうれしかっただろう、と。
当時、避難所に支援に入っていた大阪のおばちゃんは、汀を孫のようにかわいがってくれた。四半世紀が過ぎた今も連絡をくれる。
「あしなが育英会」の男性職員は、汀が社会人になってからも、悩みを聞き、背中を押してくれる。「お父さんって、こういうこと言ってくれるんやろな」と思える存在だ。
阪神タイガースの選手は毎年、神戸レインボーハウス=神戸市東灘区=を訪れ、遺児たちに元気をくれた。震災当時だけじゃなく、「つながり」はその後も続いた。「忘れられてない」ことが、何よりもうれしかった。
◇
自分は東北の人たちに何ができるだろう。
来てくれるだけでいい、と言ってくれる先生がいる。つながりが宝物だと言ってくれるママがいる。その人たちを大切にしたい。
10代の頃に背負っていた使命感とは違う。「自分がしてもらってうれしかったことをするだけ。だって大好きだから。会いたいから」。自然体でそう言えるようになった。
今月17日からは、大阪府吹田市の東急ハンズ江坂店で、東北の特産品を販売している。宮城のプリン、岩手のビール…。お勧めしたいものはいっぱいある。
◇
「水際(みずぎわ)」を意味する汀という名前は、芦屋川教会=芦屋市津知町=の牧師だった祖父が考えてくれた。
水は誰にとっても欠かせない。災害のときも必要だ。だから、「出会った人に必要とされる人になってほしい」という願いが込められているという。
必要とされる、とは?
答えが少し、見えてきた気がする。
阪神・淡路大震災は発生から26年。東日本大震災はまだ10年だ。
これからも東北を思い続けたい。ずっとつながり続けたい。
それが、汀の生きる道。(中島摩子)
=おわり
【バックナンバー】
■(9)被災洋菓子店のプリン
■(8)途切れない縁
■(7)釜石市のパパとママ
■(6)大津波に襲われたまち
■(5)初の東北被災地
■(4)舞子高環境防災科
■汀さんが追悼式で読んだ作文全文
■(3)レインボーハウス
■(2)3歳で遺児
■(1)プロローグ
■【動画】汀の物語 二つの被災地を生きる理由