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看板商品の「蔵王プリン」を手に持つ佐藤真由美さん。濃厚な味と、なめらかな口どけが特徴だ=宮城県石巻市茜平
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看板商品の「蔵王プリン」を手に持つ佐藤真由美さん。濃厚な味と、なめらかな口どけが特徴だ=宮城県石巻市茜平

■「多くの人に笑顔を」思い込め

 阪神・淡路大震災20年の2015年1月17日。当時関西大4年だった小島汀(おじまみぎわ)(29)=兵庫県芦屋市=は、神戸市内での追悼行事で思いを語った。

 「震災で人の痛みや苦しみを知りましたが、それ以上に、大切な人を大切に思うという当たり前のことを教えてもらいました」

 在学中、何度も東北を訪れた。大切な人がいる。大好きな場所になった。

 大学卒業後、結婚式場運営会社に就職し、「ウエディングプランナー」に。やりがいを感じる一方、東北との縁が深まる中で、「私はこれからどう生きたいんだろう」と考えるようになった。

 20年春、転職を決めた。

   ◇   ◇

 学生時代にアルバイトしたことがある「東北わくわくマルシェ」(大阪市北区)。百貨店の催事やインターネットで、東北の特産品を販売する。入社してすぐ、汀は東北に出張することになった。

 訪問先の一つが、宮城県石巻市の洋菓子店「ラ・シェール・アンジュ」だった。この店のプリンは、わくわくマルシェが扱う商品でトップの人気を誇る。

 東日本大震災では、1店舗が津波に襲われた。フロアマネジャー佐藤真由美さん(48)は、震災で改めて感じたことがあるという。

 「私たちはただ甘い物を売ってるんじゃない。商品に笑顔を乗っけるのよ」

   ◇   ◇

 津波に漬かった店は、製造を担う“心臓部”だった。オーブンも冷蔵庫も全部駄目になった。

 残る1店舗は浸水を免れたが、営業できる状態ではなかった。それでも、「甘い物が食べたくて」と訪ねてくる客があった。

 隣の中学校には多くの人が避難していた。佐藤さんは、店内に残っていた焼き菓子を持って行った。だが、配るには数が足りない。すると、責任者から売ったらどうかと提案される。売る方が平等だ、と。

 震災4日後、店の外で販売した。寒い中、30人ほどが並んだ。皆、泥で汚れている。お金をもらうのが申し訳なかった佐藤さんに、返ってきたのは「ありがとう」の言葉だった。スタッフと一緒に泣いた。

 食べると笑顔になる。ほっとする。「甘い物の力を震災で感じた」と佐藤さん。だから、「一人でも多くの人に笑顔になってほしい」と作り続けてきた。

 汀が今売るのは、そんな思いがこもった商品だ。伝えたいのはおいしさだけじゃない。(中島摩子)

【バックナンバー】

(8)途切れない縁

(7)釜石市のパパとママ

(6)大津波に襲われたまち

(5)初の東北被災地

(4)舞子高環境防災科

汀さんが追悼式で読んだ作文全文

(3)レインボーハウス

(2)3歳で遺児

(1)プロローグ

【動画】汀の物語 二つの被災地を生きる理由

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