デンソーテン 編
(1)通信機 タクシーもっと便利に
神戸市垂水区にある山陽タクシーの無線室。配車を求める顧客からの電話が鳴ると、イヤホンマイクをつけた担当者が話し始めた。「承知しました。4~5分で参ります」。相手の名前と居場所を確認するだけで、やりとりは10秒足らずで終わった。
短時間で済むのは、顧客データと衛星利用測位システム(GPS)を融合した配車装置のおかげだ。画面には着信番号にひも付いた客の登録場所と、そこから近い車両の一覧が表示される。担当者はクリック一つで最寄りのタクシーに迎車を指示。搭載のカーナビが運転手を登録地まで誘導する。
タクシー無線のやりとりを全て音声に頼っていた時代に比べ、1日に配車できる回数の上限も大幅に増えた。この配車装置を手掛けるのがデンソーテン(神戸市兵庫区)。全国を走るタクシー車両の3割が利用する業界最大手である。
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同社が手掛ける無線通信機の起源は、前身である川西機械製作所時代の戦前にさかのぼる。
無線通信機の配備を進めた海軍は当時、消耗品である中核部品の真空管の調達費を抑えようと画策した。すでに製造元があった東京以外のメーカーを育成することで価格競争とリスク分散を図ることに。そこで、白羽の矢が立ったのが川西機械だった。
創業者・川西清兵衛の次男で、川西機械と川西航空機を率いていた龍三(りょうぞう)は「航空機の目となり、耳となる」と、かねて無線通信機の大切さを痛感。1933(昭和8)年、川西機械は真空管の製造に参入した。
ドイツから通信工学の泰斗(たいと)、バルクハウゼン教授を招いて最先端の技術を導入し、真空管や通信機を陸海軍に納めるようになった。ところが終戦で軍需を一気に喪失。川西機械は生き残りを懸けて民需への転換を図った。49年に「神戸工業」として再出発すると、軍事用無線機の技術を生かして、鉄道や気象庁、警察、放送局など幅広い業界に無線機を納入。その中で54年に送り出したのが、タクシー用の無線機だった。
神戸工業は68年にいったん富士通と合併した後、72年に「富士通テン」として独立、トヨタ自動車などの出資を受けた。2017年にはトヨタグループの部品大手、デンソーが追加出資して子会社化し、名称も「デンソーテン」に改めた。
この間、会社の資本構成が変わってもタクシー無線機の改良を怠らなかった。音声通話や文字通信のほか、車両・顧客の一元管理システムなどニーズに即した配車装置を拡充した。
例えば、乗降の場所や時間、客を乗せて走る「実車率」の時間別推移などのデータを分析し、乗客を獲得しやすいエリアを運転手に通知。また、配車オペレーターを経由せず、乗客が手軽に車両を呼べるスマートフォンの配車アプリにも対応したシステムを投入した。オペレーターの手間を省くなど利用者や事業者に新たな価値を提供する。
コネクティッド事業本部長の高橋淳二(58)は「配車システムなどで重ねた実績と最新技術を掛け合わせ、さらに利便性の高いサービスを届けたい」と強調。同時に「人口減で疲弊する地方の交通事業者に、活力をもたらせたら」と力を込める。
=敬称略=
(長尾亮太)