神戸港

 神戸港は阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受けた。ポートアイランドや六甲アイランドで岸壁が崩れ、荷揚げ用のクレーンが傾くなど、港とともに発展してきた国際港湾都市は危機的状況に陥った。(撮影・大森 武、中西幸大)

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国産波止場

岸壁が崩落し、止めてあった車が水没した国産波止場は、埋め立てられて道路になった。倉庫群の建物はそのまま残り、芸術文化交流施設としても活用されている=神戸市中央区波止場町

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高浜岸壁

寸断された鉄道に代わり、大阪や淡路、四国への船がハーバーランドの高浜岸壁に着岸した。通勤や避難の列が続き、支援物資の輸送も行われた。今はクルーズ船が停泊し、観光客でにぎわう=神戸市中央区東川崎町1

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ポートアイランド

液状化で約50%が泥に覆われたポートアイランド。地盤が沈下するなど大きな被害を受けたコンテナバースは、物流倉庫や大学、マンションに生まれ変わった=神戸市中央区港島1

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海路が暮らしを支えた

 神戸には海がある。阪神・淡路大震災は、その存在の大きさをあらためて私たちに教えてくれた。
 1995年1月17日。岸壁は崩れ、幾多の車が海にのみ込まれていた。神戸の中心部と人工島のポートアイランドを結ぶ神戸大橋は、大きな段差が生じていた。三宮側から歩いて渡ると、島を出る人々の波が前方から押し寄せてきた。皆静かだった。島は液状化し、孤立した。
 暮らしの色を失った神戸を、海路が支えた。物資が次々に陸揚げされ、ハーバーランドから大阪・天保山に向かう船の乗り場には長蛇の列ができた。陸の孤島となったポートアイランドや六甲アイランドも、海上交通に救われた。
 震災1週間後、神戸港の突堤には自衛隊の仮設風呂が設置された。岸壁に大量の水を積んだ輸送艦などが横付けされ、給水車への補給基地にもなった。船は隊員の宿泊所でもあった。
 あれから19年。崩壊した岸壁はよみがえった。しかし、一度失われた港の活気は簡単には戻らない。震災前年、世界6位だった神戸港のコンテナ取扱量は、今や52位に急落した。穏やかな潮の香りの陰で、港は今も震災の傷にあえいでいる。(磯辺康子)

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