公園

 阪神・淡路大震災で家を失った多くの被災者は、困難な避難生活を強いられた。学校や公民館、体育館といった建物だけでなく、地域の公園も生活再建を目指す場として利用された。(撮影・岡本好太郎、小林良多)

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南駒栄公園

避難者のテントや車が並ぶ神戸市長田区の南駒栄(みなみこまえ)公園。隣接する敷地はがれきの一時保管場所となった。現在はホームセンターなどが建ち、地下には市営地下鉄海岸線の駒ケ林駅がある=神戸市長田区南駒栄町1

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神戸市民球場

戦前はプロ野球、戦後はアマチュア野球のグラウンドとして親しまれた「神戸市民球場」(神戸市民運動場野球場)。仮設住宅が撤去された後、ランニングコースや遊具を備える西代蓮池公園として生まれ変わった=神戸市長田区蓮池町

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浜田公園

廃材を燃料に公園で火をおこす人たち(左)。地域住民が集いながら避難生活の知恵を絞った=神戸市灘区浜田町2

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避難生活を支えた空間

 阪神・淡路大震災で、私たちは公園という空間の大切さを知った。
 火災の広がりを防ぎ、避難の場所になる。19年前は、仮設風呂や炊事場を備えたテント村も生まれた。ボランティアの活動拠点や、がれきの仮置き場としても利用された。
 地震から1、2カ月すると、次々に仮設住宅が建ち始めた。金網のフェンスに囲まれた窮屈な暮らしは、被災者にいや応なく、家を失った現実を突き付けた。
 子どもたちは自由に走り回る場所を失った。公園には、子どもの歓声の代わりに、食事を煮炊きする香りが漂った。見知らぬ者同士、懸命に支え合うコミュニティーがそこにあった。
 復旧・復興を支え続けた公園は今、何げない顔をして、再び私たちに憩いの時間を与えてくれる。春のサクラや初夏の新緑。寒い冬の霜柱。そんな公園の四季を、震災後しばらくは感じる余裕がなかったことを思い出す。
(磯辺康子)

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