阪神・淡路大震災のとき、私は兵庫県警本部を担当する記者でした。庁舎は建て替え中で、仮住まいだった本部の壁に、大きな×印の亀裂がありました。余震におびえながら原稿を書き、狭く暗い廊下の隅で毛布にくるまった記憶は今も鮮明です。
不安や悲しさはもとより、悔しく申し訳ない思いが残っています。報道機関として自然災害への警鐘を十分には鳴らせていなかった、ということです。「1・17」の朝5時46分、神戸・三宮の東遊園地で灯籠に向かって手を合わせると、いつも静かに涙がこみ上げてきます。お亡くなりになった6434人。救えた命があったはずだ、と。
あれから30年。防災報道には特に力点を置いてきたつもりです。足りない面はあるかもしれませんが、工夫を重ねてあきらめずに続けます。防災に限ったことではありません。真偽不明の情報が飛び交う今だからこそ、新聞の役割を果たさなくてはならない、といった使命感があるからです。
新聞だけを読んでいただけば十分です、とは言いません。簡単に情報が入手できて、個人でも積極的に発信できる時代です。ただ、日本では数多くの新聞社が、それぞれ経営的に独立し、各地にくまなく訓練された記者を配置しており、100年前後のノウハウを積んできました。
紙の新聞とともに、ネット版も提供させていただいております。政治、経済、事件事故、文化、スポーツ、医療、教育など、あらゆるニュースや読み物を日々更新しています。関心のある特定のテーマや、自身と同じ意見ばかりに接することは不健全です。そうした環境に身を置くことは、民主主義社会の維持、発展を阻害するものであると警鐘を鳴らしておきたいと思います。
私たち新聞社も進化していかなくてはなりません。見直すべきは見直し、より良い形で皆さまに親しんでいただけるよう努めてまいります。「新聞」はなくなりません。なくしてはいけないものだ、と考えています。兵庫県という郷土がますます繁栄し、内外から愛着が深まる情報発信やサービス展開にご期待ください。