ひょうご経済プラスTOP 連載一覧 明日を拓く 震災と停滞の先に 第2部 ジュンク堂書店社長 工藤恭孝さん (1)2度の災禍越え

第2部 ジュンク堂書店社長 工藤恭孝さん

(1)2度の災禍越え
本屋の使命 あの日悟る

2014.04.29
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阪神・淡路大震災直後のサンパル店。棚は折れて倒れ、本が散乱している=神戸市中央区雲井通5、サンパル(工藤恭孝社長提供)

阪神・淡路大震災直後のサンパル店。棚は折れて倒れ、本が散乱している=神戸市中央区雲井通5、サンパル(工藤恭孝社長提供)

専門書が並ぶ書棚の前に立つ工藤恭孝社長。「豊富な品ぞろえで読者のニーズに応えたい」と話す=神戸市中央区三宮町1、ジュンク堂書店三宮店(撮影・後藤亮平)

専門書が並ぶ書棚の前に立つ工藤恭孝社長。「豊富な品ぞろえで読者のニーズに応えたい」と話す=神戸市中央区三宮町1、ジュンク堂書店三宮店(撮影・後藤亮平)

 阪神・淡路大震災からの復興と重なったデフレ不況の中で、再生の道を歩んできた経営トップへのインタビュー連載企画「明日を拓(ひら)く」。シリーズ第2部は、神戸・三宮を起点に大型専門書店を全国展開するジュンク堂書店社長、工藤恭孝さん(64)に聞いた。「震災体験が今のジュンク堂をつくった」。こう語る工藤さんに、震災発生の1995年1月17日から振り返ってもらった。(鎌田倫子)

 -あの日は。

 芦屋の自宅は幸いにも被害が軽く、店のある三宮にバイクで向かった。高速道路が倒れていて、店のことも覚悟した。

 センター街の店はビルが全壊、東灘の住吉や芦屋の店もいつ再開できるか分からない状態だった。唯一、建物が助かったのがサンパル店。書棚は折れたり倒れたりして、店にあった25万冊が床に散乱していたが、再開しようとすぐに決めた。

 -店内の惨状を見て気持ちがなえたりは。

 社員の生活がある。本屋の財産は本ではなく「人」。本は出版社から預かっているようなもので、本屋は品ぞろえがきちんとできる「棚が触(さわ)れる」社員に支えられている。ライバル店に移られては困る。その年の秋、センター街に他の大型書店が進出する計画もあり、迎え撃つには他に選択肢はなかった。

 -そこからは。

 最初に再開日を2月3日と決めてしまった。社員に聞かれて、深い理由もなく、最短でできそうな日を答えていた。そうなると、避難所からリュックサックを背負った社員も来て、一生懸命やってくれてね。8割の品ぞろえだったが、なんとか間に合った。

 午前10時の開店直前、ふと冷静になった。鉄道はまだ通じていない。お客さんは来るのか。赤字で電気代さえ払えないかもしれない。社員は自宅待機の方がよかったのではないか…。不安が急に膨らんだ。

 -午前10時になった。

 スタッフが予定通りシャッターを上げると、お客さんがなだれ込んできた。50人ぐらい。告知はほとんどした覚えがないのに。僕の手を握って「よく、開けてくれた」、レジ係にも「ありがとう」と声が掛かった。「社長、本屋やっててよかったね」と社員がいい、「本って喜ばれるんだ」と実感した。

 -その年、大分と鹿児島店をオープンし、その後も地方出店を加速させた。

 震災を機に、自分たちの使命が分かった。本に困っている地域に、読者が要る分だけ本を届ける-と。店は大型書店がない地方の、しかも一等地ではなく旧市街地に出した。すると周囲が開(ひら)けていく。大口をたたくように聞こえるかもしれないが、本屋は街の文化の核というか。寂しい街がよみがえる様子を随分見た。

 -東日本大震災があった。

 阪神・淡路の経験から、早く店を開けようと指示した。待っている人がいる、と。仙台駅前の店は約10日後に再開。レジに100人の列ができた。

 ただ、福島県郡山市の店で、苦情が1件あった。「こんな時に金もうけか。さすが関西の企業だな」。説明すると相手は分かってくれた。「阪神・淡路大震災の時、言葉を必要とし、活字に飢えている人がたくさん来られた。その経験から店を開けました」

 二つの震災で、本屋の存在意義が実証されたように思う。なくなったら困るんだと、読者と私たちに浸透したのではないか。

 【くどう・やすたか】 1950年宝塚市生まれ。立命館大法学部卒。父親が経営する書籍取次会社キクヤ図書販売に入社。76年、事業を休止していた大同書房を引き継ぐ形で独立。社名をジュンク堂書店に変更し、社長に就任。2010年から丸善書店の社長も兼ねる。芦屋市在住。

 【ジュンク堂書店】 専門書が豊富な大型書店。神戸・三宮店が事実上の1号店。阪神・淡路大震災の時は県内7店と京都市の計8店。2011年、大日本印刷の傘下で東証1部上場の丸善CHIホールディングス(HD、東京)に加わる。丸善書店と合わせて全国で92店(14年1月現在)。同HDの店舗とネット通販を合わせた売上高は14年1月期で731億5900万円。

■ジュンク堂書店の沿革■

1963年 大同書房として神戸・元町で創業

  76年 神戸・三宮センター街に本社を移転。社名をジュンク堂書店に変更

      工藤恭孝氏が社長に就任

  82年 大型専門書専門店を神戸・三宮のサンパルに開店

  95年 阪神・淡路大震災で店舗が被災

2009年 大日本印刷と資本提携。同社が株式を51%取得

      丸善と大日本印刷の3社で業務提携

  10年 丸善から書店部門を切り離して丸善書店を設立、工藤氏が社長に就任

  11年 丸善や図書館流通センターなどの共同持ち株会社CHIグループ(現・丸善CHIホールディングス)傘下に入る