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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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華やかなクリスマス雑貨、神戸発祥の地場産業 いまも残る専門の商社 2020/12/23

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「今年はゴージャス感のあるゴールドのデコレーションがトレンド」と話す南次郎社長=神戸市中央区磯上通8

 オーナメントが輝くツリーにリース、スノードーム…。聖夜には欠かせない華やかなクリスマス用品は、実は神戸発祥の地場産業だ。1890年代、居留地の外国人の求めに応じて、薄く削った木材を材料に「経木モール」を製造したのが始まりといわれる。1917(大正6)年創業の「南貿易」(神戸市中央区磯上通8)は、今も残る数少ない専門商社。居留地の近くから、夢のある品を届けている。

 創業者は、“モール王”と称された南信繁氏。大正期に対米輸出が本格化し、サンタクロースの人形やガラス玉のオーナメントに製品が多様化する中、モールに特化した。

 転機は昭和初期。米シカゴからの大量注文を機に、柏原町(現兵庫県丹波市)で盛んに生産されていた経木を織り上げ、染色加工する工程を機械化。同社によると、2本の綿糸を使った機械織りは画期的で、同社の輸出量は手作業時代の3倍の150万反に達した。量産体制を確立した信繁氏は「海外で毎年開かれる商談会にも出向いていた」という。

 神戸には多数の家内工業のメーカーが集まり、海外から貿易業者が進出。戦後はプラスチックなどを素材に種類やデザイン性も豊かさを増し、ミナトの発展に貢献する重要な輸出産業となった。

 ところが、70年代にオイルショックや円高不況が業界を襲い、人件費が高騰。台湾や中国に生産拠点が移り、輸出モデルからの脱却を迫られるようになる。

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1933年のリスボンでの商談会。左から3人目が南信繁氏(南貿易提供)

 「何もかもゼロからの挑戦で苦しかった」。86年入社で営業・企画部門を担ってきた4代目社長南次郎(58)さんはそう回想する。

 当時、国内での需要といえば、ファミリー向けのツリーくらい。南さんは東京で集中的に展示会を催し、東急ハンズなど生活雑貨量販店や食品メーカー、ディスプレー業界などを開拓、軌道に乗せた。現在は、中国や東南アジアの工場で生産される、日本市場向け商品を手広く扱う。

 本社フロアのショールームには毎年2~5月、東京を中心とする顧客が連日のように訪れる。今年はコロナ禍で対面営業が激減し「商品の本来の色合いが伝わりにくい」という苦境にも見舞われたが、サンプルの送付やオンライン商談などでカバーした。

 出荷のピークの8~11月を過ぎても、約2500種類の商品が並び、きらびやかさに心が弾む。南さんは「秋以降は『家ナカ需要』も好調。家族や大切な人との特別な時間に、彩りを与えられれば」と話している。(竹本拓也)

■関連企業、神戸周辺でかつて300社

「日本クリスマス・イースター雑貨協同組合」(現・日本クリスマス工業会)が神戸で設立されたのは、1951年。神戸周辺で約300社に上った関連企業は激減したが、ネット販売を強化する中城産業(兵庫県姫路市)など数社が今も県内に拠点を置く。

 手作りのリースや卓上ツリーを手掛ける大前(神戸市須磨区)の大前貴司・専務取締役(37)は「クリスマス一本で生き残ってこられたのも、輸入品にはない技術があったから。まさに神戸の伝統で、次代へ残していきたい」と話す。(竹本拓也、鈴木雅之)