避難

神戸市では7人に1人が避難

一瞬にして奪われた住まい。
住民は近くの学校などに難を逃れるしかありませんでした。

1153の避難所に約31万人

震災から6日目の1月23日、1153の施設に31万6678人が避難していました。
自治体は、学校などの公共施設を地域防災計画に基づく避難所に指定していましたが、
想定を超える避難者が出たことで、多くの人が指定外の公園や民間の建物に身を寄せました。
多くは避難所に追加指定されましたが、当初は救援物資や食事が配給されなかったケースもありました。
避難所では自治組織が生まれ、運営ルールなどが決められました。
避難者数の推移
兵庫県調べ 仮設住宅がすべて完成したことに伴い、災害救助法に基づく避難所の設定・運営は1995年8月20日で終了
避難した住民であふれる小学校のグラウンド(1995年1月17日、神戸市東灘区、東灘小学校)

福祉避難所 阪神・淡路の教訓から整備

地震災害などで、長期の避難生活が見込まれる場合、
障害者や高齢者、妊婦は健常者と同じ施設では生活が困難だったり、
救援物資が十分に行き渡らなかったりします。
阪神・淡路大震災では車いす用トイレが完備されていない場所で過ごした人もおり、
倒壊しそうな自宅に戻ったり、避難所で孤立したりするケースもありました。

こうした教訓から、国は1996年、要援護者の支援策として福祉避難所の概念を打ち出し、
2007年の能登半島地震で初めて設置されました。
08年作成の厚生労働省ガイドラインでは、小学校区1カ所程度の指定をうたっています。
兵庫県では2014年4月まとめで、県内41市町のうち40市町が指定を進めており、
災害時の福祉避難所に指定された施設は659になります。
震災当時の避難所(1995年1月19日、神戸市東灘区、御影高校)