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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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魚屋道に挑む(下) 雪道に商人の苦労痛感 2019/03/14

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 江戸時代、深江浜(神戸市東灘区)に水揚げされた鮮魚は六甲山越えの最短ルートで有馬温泉の湯治客のもとへ運ばれた。商人たちが利用したその道の名は「魚屋道」。現在も六甲山の登山ルートとして残る。道を守り、後世に伝える取り組みを続ける「魚屋道を歩こう会」のメンバーとともに、その道に挑んだ。(末吉佳希)

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 中間地点過ぎの「雨ケ峠」。この辺りで景色は白み始めた。数日前に降った雪がまだ残っていた。

 「ここで一服」と魚屋道を歩こう会の森下孝一さん(70)と尾坂吉三郎さん(66)とお昼休憩。3人あぐらをかいて円になり、弁当をほおばった。再びリュックサックを背負うと「山頂まであと少し」と森下さんがつぶやく。重たかったはずの足取りが少し軽くなった気がした。

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 ほどなくして、西から続いた「住吉道」に合流した。「ここから一気に登りますよ」。そこから先は「七曲り」という急峻な上り坂が続いていた。雪どけ水でぬかるむ足元を注意するのに必死で、メモを取る余裕は皆無。覚えていることといえば、かつて無いほどに息が上がったことだけ。「ヨイショ…。ヨイショ…」と口々にこぼしながら先を目指す。

 そんな中、踏みしめていた土の地面が堅いコンクリートに一変した。同時に、「いったん、ゴールです」と2人の足が止まる。江戸時代から六甲山の山頂で営業を続ける「一軒茶屋」が眼前にあった。感動そこそこに、諸用のある尾坂さんはここで下山した。

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 「ここからは裏六甲。よりいっそう注意が要りますね」と森下さんは滑り止めのアイゼンを取り付ける。「江戸時代にアイゼンは無い。先人たちはいったいどうやって雪道を攻略したんだろうか」と思いを巡らし「ジャキ、ジャキ」と雪の坂道を一歩ずつ進んだ。「有馬まで1・5キロメートル」の標識を通過する。「湯屋は近い!」と江戸時代の商人になった気分で声を上げ、一気に下った。

 「登山慣れしている方なら4時間もあれば有馬まで行きます」。出発地点の東灘区・阪神深江駅で森下さんが口にした一言。それから約7時間半後に北区・有馬温泉にたどり着いた。「さぁ、戻りますか」ときびすを返す…ことは無く、そそくさとバス停へ向かった。

 座席にもたれると、ふくらはぎがこわばり、足裏がじんじんと痛んでいることに気が付いた。隣に座った森下さんの「7時間もかかれば、魚の鮮度はがた落ちでしょうね」との言葉にうなずくしかなかった。