現役時代、「ミスターブルーウェーブ」と称された藤井康雄さん=神戸市西区櫨谷町長谷(撮影・斎藤雅志)
現役時代、「ミスターブルーウェーブ」と称された藤井康雄さん=神戸市西区櫨谷町長谷(撮影・斎藤雅志)

 かつて神戸を本拠地とし、阪神・淡路大震災が発生した1995年にリーグ優勝、翌96年に日本一を遂げたプロ野球のオリックス・ブルーウェーブ。元主軸打者の藤井康雄さん(61)=神戸市西区=は今も当時の熱気が忘れられないという。本拠地やチーム名は変わっても、「がんばろうKOBE」の合言葉は今も多くの人々の心に深く刻まれている。

 もうすぐ30年になりますが、ついこの間のような感じがします。

 震災前日の1月16日、自主トレーニングのため滞在していた鳥取県から母校の泉州高校(大阪府、現近大泉州高校)へ向かい、恒例のOB総会に参加していました。夜は同期の仲間数人と3次会まで。僕はお酒が飲めないので、最後にいたファミリーレストランが午前5時に閉店すると車で仲間を送り、神戸市西区の自宅に帰ることにしました。その途中、大きな音と揺れを感じ、ハンドルを取られました。タイヤがパンクしたと思った。

 家の近くに着いても真っ暗でいつもと違う。家に入ろうとすると、妻がろうそくを手に現れ、日が昇ると家の中に物が散乱しているのが分かりました。テレビをつけたら阪神高速道路が横倒しになった映像が流れ、ぞっとしました。10分、15分遅かったら自分も通っていた道だったんです。

 約2週間後、沖縄・宮古島でキャンプインしましたが、野球をしていていいんだろうか、開幕できるのだろうかという思いでした。みんな練習していても、どこか手につかない。それでもオープン戦に多くの人が来てくれました。試合の勝ち負けより、何か力になればという思いが募っていきました。