安倍晋三元首相の銃撃事件から間もなく2カ月。現行犯逮捕された山上徹也容疑者(41)の供述をきっかけに、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と政治家、特に自民党国会議員との関係に注目が集まる。2015年、文部科学省が旧統一教会の団体名改称を認めたことで、「教団の正体が隠れ、関係が疑われる政治家に逃げ口上を与えてしまった」と話すのは、元文部科学事務次官の前川喜平さん(67)だ。自身も当時、文科省ナンバー3の文科審議官の職にあった。あらためてこれまでの経緯や背景、そして問題点について、聞いてみた。(津谷治英)
■教団の実態と献金被害隠した/関係疑われる政治家に逃げ道
-旧統一教会との関係が指摘される自民党国会議員名を見ると安倍派、そして文科大臣の経験者が目立ちます。
「文科相のポストは、森喜朗さんのころから主に清和会が占めてきた経緯があります。安倍派はその系譜ですから、所属議員が就きやすかったんです。少しさかのぼりますが、1995年に宗教法人法が改正され、例えば旧統一教会のように国内各地に展開する宗教団体の所管が都道府県知事から、文科相に変わりました。担当は文化庁の宗務(しゅうむ)課です。宗教団体側からすれば、安倍派の文教族議員と親交を深めることで有利な取り計らいが期待できる。密接な関係になりやすくなったと言えます」
-旧統一教会から初めて名称変更の相談があったのは97年です。前川さんは当時、窓口の文化庁の宗務課長でしたね。
「国民に衝撃を与えた、オウム真理教事件の2年後のことです。世間はカルト教団への警戒心が強かったし、宗務課内も同じ空気でした。それで旧統一教会からの申請相談を受け、部下に活動状況を調べさせたら、強引な信者勧誘、悪質な霊感商法は変わっていませんでした。元信者が教団相手に訴訟を起こしているとの報道もありました。実態が同じなのに、名前だけを変えるのは矛盾があると考え、『この活動内容では申請は受理できない』と先方に伝えました。私が宗務課を離れてからも何度か相談があったと聞いています。同時に被害者弁護団からの訴えも寄せられていましたから、宗務課では実態を把握し引き継ぐことで、申請を抑えてきました」
-それが2015年になって、名称変更が認められました。文科大臣はやはり安倍派の下村博文氏で、前川さんは文科審議官でした。
「当時の宗務課長が『また申請の相談が出てきた』と言ってきたので、断るべきだと伝えました。でも、結果は逆になった。審議官だった私の意見を覆して判断できるのは、大臣と事務次官の2人だけです。このうち事務次官は旧科学技術庁出身で、これまでの宗務課の経緯には詳しくないから、踏み込んだ判断は難しかったと思いますよ。申請を受けて宗教法人審議会で議論し、識者の意見を聞く方法もありました。国民に過程を可視化する意味でもやるべきでしたが、そうならなかった。結果として、文科省が旧統一教会に屈したと言われても仕方がない格好になってしまった」
-その影響をどう見ていますか。
「最初から、団体名変更の目的は『正体隠し』だと見ていました。今回、旧統一教会との関係が明らかになった国会議員の中に『教会の関係団体とは知らなかった』と言い訳をする人がいますが、団体名が変わったことでそんな口実を与えてしまった。元々、旧統一教会は別の団体名を使って新聞を発行したり、大学で若者を勧誘したりするのが常とう手段で、社会問題になっていました。接触した議員もそれぐらいは知っていたはずで、少し考えれば、怪しいと気付くと思うのですが」
「加えて、被害の実態も隠れてしまいました。平穏な生活を送っていた家庭が多額の献金で貧困に陥り、崩壊したケースがいくつもある。信者を親に持つ2世と呼ばれる子ども世代の生活苦も深刻で、団体名変更の判断が被害を拡大させた可能性は否めない。『統一教会』の名を消してしまった罪は重いです」
-山上容疑者の家庭も貧困にあえいでいました。
「山上容疑者は母親の献金で経済的に困窮し、家族が孤立していった。追い詰められた末、私的制裁とも言える元首相の銃撃に及んでいます。規模の大小に関わらず、過去のテロ事件を見ても、不幸な境遇の人間が暴走して起きているケースは多いですよね。今回も背景をしっかり見据える必要があります。今回の銃撃事件は法治国家が機能していないことを示したとも言えます。政治や警察が早めに被害の実態を把握し、法的な手段を講じて悪質な活動を規制したり被害者の救済に対応したりしていれば、未然に防げたかもしれない」
-事件後、消費者庁が霊感商法の被害対応検討会を開くなどの動きが広がっています。
「刑法を適用して犯罪性を明らかにしていくのならば、司法の助けが求められます。消費者庁だけでは問題の根幹に迫れないでしょう。岸田文雄首相をトップに、内閣府主導で省庁を超えたチームを組織する覚悟がいると思いますね。警察にも本腰を入れてほしい。やはり悪質な霊感商法が問題になった明覚寺事件では、2002年に裁判所が解散命令を出しています。今回も徹底的に闇を解明するべきです」
「カルト集団は、人の弱みにつけ込んでマインドコントロールし、金銭を搾取したり無償労働を強いたりする。実に悪質な手口です。旧統一教会はフランスでも問題になっていて、反セクト法という法律で規制しています。『セクト』は『カルト』と同じ意味で、評価したいのはマインドコントロールを犯罪とみなしている点です。この手法は、オウム真理教や旧統一教会のように大規模組織だけではありません」
-確かに、公判中の福岡のママ友による5歳児餓死事件、12年の尼崎の連続変死事件でも見られます。
「貧困を生む要因にもなっています。マインドコントロールの取り締まりは、孤独が深刻化している現代社会が直面する課題ではないでしょうか。日本も刑法の適用を見据えた対策が必要な時期にきていると思います。私は文科省出身ですから、ずっと教育問題と向きあってきました。旧統一教会でも、経済苦から十分な教育が受けられない人が多いことが分かってきた。そんな人を救ってほしい、救いたいと思います。新型コロナウイルスの持続化給付金が旧統一教会の献金に使われた例もあるんですよ。本当に困っている人にダイレクトで届く救済、支援を実現するために、政治は本気でこの問題に取り組んでもらいたい」
▽まえかわ・きへい 1955年奈良県生まれ。東京大法学部を卒業後、旧文部省へ。2016年に文部科学事務次官、翌年退官。共著に「教育鼎談 子どもたちの未来のために」(ミツイパブリッシング)など。
〈記者のひとこと〉
前川さんは文科省を退官後、若者の貧困と向きあってきた。旧統一教会についてのインタビューでも、信者の子どもらの経済苦に着眼している。
そのこだわりの象徴が、2年前に盟友の文科省OB・寺脇研さんと製作に関わった映画「子どもたちをよろしく」。いじめ自殺を描いた物語だが、被害者の少年の家庭が貧困との設定で登場する。
中学2年の少年が、同級生グループのいじめに苦しめられる。被害少年の家庭は電気、ガスが止められるほどの困窮家庭で、父親はギャンブル依存。追い詰められた後に命を絶つ。正直に言って、後味の悪い映画だが、前川さんは「とても重い物語だが、これがいじめの現実。学校、家、地域のどこにも居場所がない子どもは、今、この瞬間にもいる」と話す。
最も心が痛むのはラストの場面。少年の自殺後、加害者の少年少女が「自分たちには罪がない」としらを切るのだ。同級生の命が失われても痛痒を感じない、その表情が恐ろしい。フィクションとはいえ、全国各地に現実にあるだろうことは容易に想像がつく。
それは大人の世界でも同じだ。弱者を見つけてマインドコントロールで追い込む事件は後を絶たない。加害者は自らの快楽のためには、被害者がどれだけ苦しんでも何も感じない。映画が描くいじめの構造と酷似している。いじめがなぜ悪いのかを再認識させてもくれる。
前川さんは元文科事務次官。エリート官僚がポストを捨ててまで貧困と向きあう。ボランティアで務める夜間中学では経済や家庭の事情から義務教育を受けられなかった生徒とも接してきた。その姿に、日本はまだ捨てたものではないとの安心感を抱いた。
旧統一教会問題の解決は一朝一夕にはいかないだろう。だが政府、政治家には前川さんのように、直接、貧困にあえぐ被害者の声に耳を傾けてもらいたい。それが国民に安心感を与え、信頼を回復することにつながるはずだ。(津谷治英)