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大人の心にも刺さる 作家・後藤正治さんが高校生へ送ったエール

2020/06/21 09:37

 新型コロナウイルスの猛威は、高校生アスリートの夢をも奪った。高校野球では、3年生にとって集大成となる夏の全国選手権大会と地方大会の中止が決定。全国高校総合体育大会(インターハイ)も開催が断念された。さまざまな競技で、高校生が10代の多くの時間を割いて苦しい練習に耐えてきたのも、目指す目標があったから。各地で涙に暮れる姿が広がる中、スポーツに関する著作も多いノンフィクション作家の後藤正治さん(73)は「喪失感は自分自身で埋めていくしかない」と話す。「3年間頑張ったという価値は動かない」とも。人生の大先輩から、エールを送ってもらうことにした。(伊丹昭史)

 ー高校野球で春夏連続して大会が中止になるのは、先の大戦中の中断を除けば初めてです。ある程度は予想できたとはいえ、インパクトがありました。

 「気の毒だと思います。ただ、新型コロナが収まりきっていない状況だから、やむを得なかったとも思います。高校野球は大きな国民的文化行事です。2年前の夏の大会で準優勝した秋田の金足農の試合では、勝ち上がって盛り上がる地元の様子がテレビニュースで流れました。街頭のおじさん、おばさんがボロボロ泣いていて、そのうちテレビ局のリポーターも泣き出してしまった。高校野球の、ある種の原風景ですよね」

 ー大会中止の報道の中に、この機に根底からあり方を見直そうという意見がありました。

 「確かに高校野球はいろんな問題を含んでいると思います。他にいろんな競技があって、インターハイなども開かれているのに、甲子園大会だけが至上の価値であるように扱われている。野球留学や投球数制限の問題も。一方で、100年以上の歴史があり、日本的風土の中で出来上がった一つの財産ともいえます。世界でも珍しい文化。夏の風物詩としては、あった方がいいと思います」

 ー今、大人にできることは何でしょう。

 「野球に限らず、代替大会などは大いにやればいいと思います。環境や場所の提供は、僕ら大人ができることです。でも、それ以外の青春の問題は『放っておけばいい』というのが、僕の持論ですね。『新しい目標を見つけて』と声を掛けても、どう生きるかは彼ら自身の問題であり、自分で切り開くしかない。親だって、どうすることもできない。高校生で既に人生の目標を持っている子もいるとは思うけど、今はそれがない子だってこれから見つけていけますよ」

 ーいずれにせよ、多くの高校生が大きな目標を失ってしまいました。

 「これからの長い人生で、もっとショックを受けるようなことをたくさん体験します。『選手にとっての価値』とは何なのか、ということを考える必要がある。大きな大会で結果を残せたら、それが一番いいだろうけど、将来振り返ったときには『何かに打ち込んだ時間を持てた』ということが、一人一人の中で価値として残っていくんじゃないかな。そう思います」

 ー大人になると、なんとなく分かるようになるんですけれど…。高校生にはなかなかピンとこないかもしれません。

 「ボクシングジムを取材していたとき、途中でやめる子がとても多かった。ボクシングで一番つらいのは減量です。それに耐える時間がなくなれば、『どれだけ楽しい日々が来るんだろう』と思ってやめるんだけど、いざ『何をしてもいい』となると以前の禁欲的な時間がもう一度ほしくなってくる。だから、いったんボクシングから離れても、また戻ってくる子も多かった。彼らがよく言っていたのは、『あのストイックな日々があったから、試合後のビールがあれだけうまかったんだ』って。とてもいいものがそこにあった、ということは後になって気付く。幸せは、その時間を過ごしているときには感じないんですね」

 ーその「いいもの」について、今の高校生に少しでも伝えられたら、と思います。

 「打ち込めるものって、持てない子の方が多いんですよ。僕の青春も空虚な時間が多かったように思います。高校時代は水泳部で、本も随分読んだけれど、打ち込んだということはなかった。何かを求めていた-とは思うんです。でも、それが何かということが、ずっと分からなかった。物書き(ライター)として出発したのは、30代に入る頃ですから。青春期って、内面的には苦しい時代なんですよ。空洞みたいなものを抱えていて、埋めようとして、いろいろもがく。『自分自身は何か』というのを求める日々と言っていいと思う。今も昔も、それは普遍的だと思います。親しい精神科医も同じようなことを言っていました。もがく行為の一つが、スポーツだったり文化活動だったり、するわけです」

 「本人はそんなに思い詰めてやってないのかもしれないけれど、空洞を埋めようというベクトルは働きます。だから、何かに打ち込める若者はいいなあと思いますよ。ある詩人に『思い出しうるに足るものがなければ、思い出せない』という言葉がある。若き日に一生懸命になった時間を過ごした人は、何年かたっても思い出せるものを持っている、ということです」

 ー改めて、高校生たちにメッセージを。

 「私自身、これまで生きてきて思うのは、たいていのことは時間が解決してくれる、ということ。つらいこともやがて薄れていく。『大事』と思っていることがそんなに大事ではなく、逆に『大事じゃない』と思っていたことが実は大事だったということに、自分で気付いていく。それが人生の時間です。『自分自身の人生を生きろ』と言いたいですね。今はよく分からないでしょう。その意味を知っていく歳月がこれから、始まります」

【ごとう・まさはる】1946年京都市生まれ。京大卒。「リターンマッチ」で95年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2007年の第79回選抜高校野球大会から5大会、21世紀枠特別選考委員を務める。

◇記者のひとこと 中学時代、陸上部で盆も正月も自主練習に励み、疲労骨折も経験した。集大成の舞台を失ったやるせなさは、私にも分かる。「それでも、時計の針は回る」。後藤さんの言葉にハッとした。つらいけど前を向こう。未来に輝く人生まで丸ごと、コロナウイルスに奪われないために。

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