個室の引き戸をそっと開ける。寝息にほっとして、肩に布団を掛け直す。
66~96歳の男女7人が暮らす「グループリビングてのひら」(高砂市)に3年前から住む秋田華子さん(74)=仮名。持病がある佐古美智子さん(82)の様子を朝晩、気遣う。
「将来、自分が弱ったらしてほしいことの貯金のようなもの」
そう笑う華子さんは住人のまとめ役。運営するNPO法人理事長の石原智秋さん(68)からは、冗談交じりに「隣保(りんぽ)長」と呼ばれる。
長年、ヘルパーとして働く。親との同居を子どもたちが押し付け合ったり、お年寄りが意思に反して施設へ入ったりする場面を目の当たりにした。
「元気なうちに、自分らしく最期まで過ごせる所を決めたい」
住人が助け合って暮らすグループリビングの理念に希望を感じ、てのひらへ。ヘルパーの仕事もここから出掛けている。
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入居半年後、華子さんは石原さんに誘われ、神奈川県藤沢市のグループリビング「COCO湘南台」を見に行った。
「-湘南台」は1999年、元市会議員の西條節子さん(87)が仲間とつくり、グループリビングの“元祖”ともいわれる。
10人の共同生活。西條さんらは誇らしげに語った。「一からつくり上げた『自立と共生』の住まいです」
華子さんは刺激を受け、理念を形にしようと張り切った。
住人に呼び掛け、ばらばらだった夕食をそろって食べることにした。食前には「口の体操」と称して、みんなで歌も歌った。
だが、ほどなく「縛られるのは嫌や」と苦情が出た。結局、夕食の時間は決めているが、「一緒に」を強調するのはやめた。
「長年生きてきた人を動かそうと思うのが間違いやったかな」。華子さんは難しさをあらためて感じた。
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1人暮らしの高齢者が男性で1割、女性で2割を占める現代。
「親を介護したり、施設に入れたりして『老後は自由がない』と感じた世代が高齢化し、自分たちにほかの道はないのか、と求めるようになった」
高齢者の住まいに詳しい慶応大SFC研究所(神奈川県藤沢市)の土井原奈津江・上席所員は、グループリビング誕生の背景をそうみる。
こうも指摘する。「器だけではなく支え合いの中身が大事で、苦闘しながら築いていくことに意義がある」
てのひらでは、7人のうち華子さん以外は要介護、要支援認定。対等な支え合いとはなかなかいかない。
それでも「うちらしい暮らし方がある」と華子さん。「頼りにされるのは嫌いじゃないし」
「ご飯やでー」。きょうも“隣保長”の声が響く。(宮本万里子)
2015/10/26