眠りの森のじきしん
お気に入りの英会話教室に行く途中、交通事故に遭ったじきしん。容体は安定し、あとは目を覚ますのを待つだけだった。
だが、事故から6日目、急変する。
2016年1月。搬送された兵庫県災害医療センター(神戸市中央区)から母、優里さん(45)に「すぐに来てください」と電話があった。
駆け付けた病院で説明を受ける。「看護師が朝、見回りに行ったら瞳孔が開いていました。脳のCT検査をしたら、画像が真っ黒でした。脳波も平坦です」
医師は「ほぼ脳死に近い状態です」と告げた。
この物語は、じきしんの母、優里さんがどのような女性であるかが大事な鍵を握っている。
優里さんの生き方、考え方についてはこの先、書くことになる。今はただ、まだ幼いじきしんと優里さんが合言葉のように交わしていた言葉について触れるにとどめる。
「人生で一番大切なことってなんだと思う?」
「make people happy(みんなを幸せにすること)だよね!」
米国に留学経験のある優里さんは、じきしんが1歳のときから日常会話はすべて英語で話していた。じきしんは、その言葉を気に入り、よく口にした。
だから、「脳死に近い」と告げられて優里さんがすぐに考えたのは、臓器提供のことだった。
医師は「余命は短くてあと2、3日。長くて100日です」と告げた。提供するなら早く決める必要がある。知らない誰かを幸せにするために。
優里さんは大勢の知人に連絡し、「じきしんの脳に血が回らなくなりました。会いに来て」と伝えた。
中崎小学校の同級生と保護者、キャンプ仲間、ダンスや空手など習い事の友だち……。数人しか入れない集中治療室のベッドに人垣ができた。
20人ほどが列をつくることもあった。「じきし~ん、早く起きろ~」「『は~い、ドッキリでした』とか言って目を覚ましそう」
もうすぐ死ぬって伝えているのに、みんな笑っている。
「こんなに楽しそうな人たちに囲まれて、じきしんはきっと、生きたい人だ」。そんな考えがよぎったとき、優里さんの心にじきしんの声が届いた。
《優里ちゃん。いつも自分のことは自分で判断しろって言ってたのに、なぜ今は優里ちゃんだけで決めようとしてるの》
3日目。母は思い直し、献身的に治療を続けてくれる医師に言った。
「先生、わがまま言っていいですか」
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