開場から34年を迎えたユニバー記念競技場(神戸市須磨区緑台)。こけら落としとなったあの世界大会について、改めて調べてみた-。(村上晃宏)
1985(昭和60)年夏、同競技場を含む神戸総合運動公園を舞台に開かれた大学生のスポーツの祭典「ユニバーシアード神戸大会」。106カ国から約4400人が集い、10競技120種目を戦った。
開幕式を報じる当時の神戸新聞には「政治の壁超え」とある。80年のモスクワ五輪や84年のロサンゼルス五輪は、政治的対立で米国やソ連が不参加したが、神戸でのこの大会は、両国のほか、韓国や北朝鮮、イラクやイランも参加。現在の上皇ご夫妻もご出席され、新時代の幕開けを予感させる大会だった。
歌手早見優さんがテーマソングを歌い、漫画家手塚治虫さんがイメージキャラクター「ユニタン」をデザインした。「世界の青春」を伝える三つの“遺構”があると聞き、訪ねた。
一つ目は、同競技場近くにある記念碑「勝利者の像」。中央でガッツポーズをする「女神」と周囲には競技記録を記したプレートが設置されている。同公園をよく利用する男性(73)=同区=は、当時日本記録を更新して400メートルの決勝に進出した高野進選手を観戦したという。「マラソン金メダルの深尾真美さんやバレーボールの川合俊一さんの名前も残る。感動をたくさんもらった」とほほ笑む。
市営地下鉄名谷駅の「駅前広場」には、同大会のシンボルマークが掲げられた時計のモニュメントが立つ。情報を提供してくれた男性(72)=同区=は「若い人は知らないかも。ぜひ気にとめてほしい」と話す。
三つ目は「選手村」があったアミティ学園西町(同市西区学園西町7)。選手たちのサインが刻まれた銘板があり、36年ベルリン五輪棒高跳びの銀メダリストで、選手村村長を務めた西田修平氏のメッセージが、この大会の意義を教えてくれる。
「世界の若者たちのスポーツ交流だけにとどまらず、神戸と世界の国々との国際交流の輪を広げる大会であったことの証」