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「カタギになりたい」運命変えたヤクザの夜逃げ 警察官がくれたクリームパン、決意後押し

2022/10/23 18:00

 衣装ケースと最低限の生活用品を車に放り込み、徳島から鳴門海峡を越える。渡った淡路島で目に付いた警察署に駆け込み、かつての「敵」に助けを求めた。焦りでほとんど記憶はない。それでも決死の夜逃げが、自らの運命を変えたことは分かる。2021年春、一人の暴力団組員が足を洗い、カタギの世界で生きる決意をした。

 ■「ええかっこしたかった」

 「最初はそんなつもり、なかったんですよ」

 四国地方で生まれ育った山下(40)=仮名=は中学を出た16~17歳のころ、遊び仲間に誘われて暴力団の幹部と付き合うようになった。幹部は、派手なスーツを着て高級車を乗り回し、街を歩けば周囲が頭を下げ、女性たちが寄ってくる。大人から見捨てられた自分たちの面倒を見てくれる。いつしか憧れを持った。

 「かっこよく見えたんでしょう。自分も『ええかっこしたい』『お金もうけしたい』と思って」

 そんな夢を抱いて組の事務所で親分と杯を交わしたが、足を踏み入れた世界は想像と違った。建築現場への作業員の手配や金貸しなどの法に触れる仕事をやらされ、少ない実入りから上部組織に支払う数万円の「上納金」を捻出した。

 金に余裕があれば、後輩や女性ら取り巻きが食事についてきた。なじみのラウンジやスナックは一番奥に席を用意してくれた。

 ■金がないと人が離れる

 しかし、自身が暴力団に入る前に施行された暴力団対策法(1992年)、2011年までに全国へ広がった暴力団排除条例で、状況は一変する。行きつけの飲食店に「いま厳しくなってるから」「きょうはいっぱいやねん」と入店を断られることが増えた。知り合いに無視されたこともあった。

 資金を得るシノギの環境は厳しくなり、手元の金が尽きるたびに「やめよう」と思った。でも、まとまった金が入ると簡単に揺らいだ。

 「罪悪感はあったけど、金がないと人が離れるんですよね。自分、寂しがりやなんで。それが怖くて」。そのために恐喝までやり、何度か逮捕された。

 気付けば40歳が近づく。少年時代に描いた“ヤクザ”とかけ離れた自身の姿。「このままじゃ、いかん」と不安が押し寄せた。

 ■覚悟を決めた夜

 21年春。組の用事を終えて帰宅した夜、ふと「逃げよう」と思った。あしたに延ばせば、また自分に負けて日常に戻ってしまうだろう。衣装ケース一つと生活用品を車に積み込み、慌てて家を出た。

 その時、携帯電話が鳴った。組の関係者からだ。「なんで。バレた?」。一気に焦りが募った。

 以前にも“飛んだ”仲間の組員が捕まり、暴行を受けたこともある。電話には出ず、そのまま車を走らせた。

 「もし組員と接点のある捜査員がいれば、組に情報が抜けるかもしれない」とよからぬ想像が働き、地元の警察は頼れなかった。車のハンドルを握り、鳴門海峡を渡り淡路島に入った。兵庫県の警察なら大丈夫だろうか。

 午後11時、淡路島の警察署に駆け込み、訴えた。「車にGPSが付けられてるかもしれない。探してくれ」

 突然の来訪者に署員はとまどった。だが、既に帰宅していた暴力団捜査の経験がある刑事が出勤し、話を聞いてくれた。「今がやめるタイミングやぞ」。力強い言葉だった。

 そのまま警察署のベンチで一夜を過ごした。朝起きると、当直の署員がコンビニでクリームパンを買ってきてくれていた。「警察官からそういう優しさを受けたことがなかったから、びっくりしました」

 署員から、組員の離脱者支援をする「暴力団追放兵庫県民センター」(暴追センター、神戸市中央区)を紹介された。

 ■新たな“オヤジ”

 実は会う前から採用を決めていたという。兵庫県で運送会社を営む川上(49)=仮名=が、組織を抜けようとした山下を雇ってくれた。「運送の経験があるって聞いてたし、あの子らは仕事が見つからんかったらヤクザに逆戻りしてまうやろ」と温かく迎えた。

 一方の山下は、初めて体験するカタギの職場にとまどっていた。「最初は兄貴分でもない人に頭を下げるのには抵抗があった」。

 他人への言葉遣いを学び、仲間の“不祥事”で詰めたという左手の小指や右手の入れ墨は、手袋で隠して働いた。

 東北から九州まで、日夜運送トラックのハンドルを握って1年。「まだまだ直すべき部分は多いけど、できることを一生懸命やるしかない」と自戒する。

 いくつか良いこともあった。長年、金を貸してもらうだけの関係だった実家の母親と、頻繁に電話するようになった。「いつ逮捕されるか分からない」という不安から解放され、ぐっすり眠れるようにもなった。

 社会復帰に向けて少しずつ歩みを進める山下の背中を、新たな“オヤジ”となった川上の言葉が支える。「事件で迷惑を掛けた被害者に謝りに行くわけにもいかんでしょ。だから『これから会う人たちに一生懸命返していくんやで』って言い聞かせています」

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