骨董漫遊
前回に続いて、「文明開化もの」と言われる大皿の話を届ける。その多くは明治伊万里と呼ばれる有田焼だという。東京から遠く離れた佐賀・有田の地で、時代の先端を行く風景を取り込んだビジュアルなデザインを描くことができたのはなぜか。
わが家にある大皿で、明治5年に開通した東京・新橋駅(初代)を描いた「東京汐留鉄道館全図」=直径45センチ。明治の雰囲気は伝わるが、図案担当の陶工がわざわざ上京して写生したのだろうか。
「文明開化もの」について、その制作年や図案の完成過程などを調べようとしたが、史料が見つからない。
やむなく、いろいろと想像してみる。
各地の焼き物問屋などとの交流の中で「新時代の売れる商品(図柄)」の要望、または指示があり、それに従ったのかもしれない。小学校と教科書などを写した大皿は、学ぶことの素晴らしさを啓発する役割を併せもっていたと思われる。
だが、制作に携わった陶工の多くは皿の文字を読めたか、どうか。江戸後期の京焼の陶工で、文人でもあった青木木米は「識字陶工」を自称した。裏を返せば、当時の陶工の多くは無学で文字を知らない人々と認識されていた、ということである。
江戸後期の作品とされる「染付有田皿山職人尽し絵図大皿」と呼ばれる一枚には、当時の有田焼(古伊万里)の製造過程が実にリアルに描かれている。登場人物は37人。分業体制で、大半の陶工は半裸でふんどし一丁だ。陶石を採掘して粉砕し陶土をつくり、練るといった肉体労働に明け暮れる日々が目に浮かぶ。
明治に入っても、職場や生活環境に大きな変化があったとは思えない。陶工たちは、世の中の最新情報を取り込んだ文明開化の皿を、どんな思いで作っていたのだろうか。
ちなみに、この「絵図大皿」のオリジナル(直径59・4センチ)は佐賀県の有田陶磁美術館所蔵で、県の重要文化財指定を受けている。
私は3年前、京都・東寺の「ガラクタ市」で買った。当然ながら、コピー(複製)の皿と認識して。
ところが、ネットにアップされている複製商品と見比べると、明らかに違う。私の大皿(直径51・5センチ)は、むしろ佐賀・有田町のホームページにあるオリジナルの写真とそっくりなのだ。胸が震えた。
ホームページには、同様の大皿は有田陶磁美術館のほか、オランダとイギリスにも1枚ずつ存在するという記述があった。
もしかしたら、わが家の大皿は世界で4枚目か? そんな期待を抱きながら、皿の絵図をながめるのも楽しい。
(骨董愛好家、神戸新聞厚生事業団専務理事 武田良彦)
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