4日に入学式を開いた芸術文化観光専門職大学。平田オリザ学長の式辞は次の通り。
芸術文化観光専門職大学2期生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
保護者の皆さまにおかれましては、まだまだご心配のことも多いかと思いますが、今年の入学生は全員が新成人ということになりますので、教職員といたしましては、これまで以上に学生一人一人の人格、人権を尊重し、一方で新しい生活と学びのサポートを全力で行ってまいります。
(中略)
新入生の皆さんとご家族は、きょう喜びの日、人生の節目の日を迎えたわけですが、きょうのこの日を一番待ち望んでいたのはもしかすると、1期生かもしれません。1期生、新2回生は、この1週間を新入生歓迎週間として、さまざまな行事を準備してきました。正門の入り口にあるちょっと恥ずかしい私の看板も、学生たちが作ってくれました。新入学生の皆さんは、本学で初めての後輩という立場になります。こうして少しずつこの芸術文化観光専門職大学の気風、大学の文化というものを醸成していっていただければと願います。先ほど、ちょっとカフェで1期生たちと話をしたんですけれども、新入生と話すのはちょっと怖いと言ってましたので、優しく先輩に接してあげてください。
きょうは少しだけまだ風は冷たいですが、穏やかな入学式日和の天候となりました。本学の一つの特徴は東北、北海道からの入学生が非常に多いということです。そういった北国から来た新入生にとっては、但馬は意外と暖かいなと思った方もいらっしゃるかと思います。一方で、九州や四国から来た学生さんたちは2月の受験のときに、高くうずたかく積もった雪の山を見て、「これは大変なところに受験しに来たな」と思った方もいらっしゃるかもしれません。
今年もここ但馬地方は、40年ぶりと言われる大雪に見舞われました。しかし、但馬は、春の訪れも意外と早いのです。
日本海には、対馬海流と呼ばれる暖流が流れています。冬になると、この上空にシベリア寒気団が張り出してきて、西高東低の気圧配置となり強い偏西風が吹きます。この風が、暖かい対馬海流の水蒸気を吸い上げて南東に向かい、やがて日本列島の背骨にあたって大雪をもたらします。
しかし、いったんこのシベリア寒気団がなくなると、暖流の影響で温度は意外と高くなります。但馬は雨が多いと地元の方は言いますが、それは山が近くて気候が安定せず、にわか雨が多いということで、統計的な日照時間は意外なほどに長いのです。
冬の大雪と、そこからくる多量の雪解け水、そして夏の日照時間の長さ、高温多湿、これらが但馬の地に豊かな自然の実りをもたらします。どうか大学の4年間、但馬の多様な風土、彩り豊かな暮らしを楽しんでください。
さて、皆さんはきょうこうして喜びと希望の中にいますが、一方、世界は混沌とし、混迷を極めています。新型コロナウイルスはいまだ収束の兆しを見せず、その未来を予測することは不可能な状況です。けさも北陸の方で地震があったようですが、日本列島に大きな地震、天災が続いています。
そして戦争が起こりました。
去る2月24日、ロシア軍がウクライナの領土に侵攻を始めました。戦闘は長期化し、今も続いています。
3月25日には、マリウポリの劇場も空爆を受けました。多くの観光客を集めてきた黒海沿岸の保養地や中心市街地が世界遺産にも登録されている西部の都市リビウも空爆の危機にさらされています。
観光とアートを学ぶ芸術文化観光専門職大学の学長として、一刻も早い平和の到来を願わずにはいられません。
それは単に、観光やアートが平和あってこそのものだという点にとどまりません。
皆さんはこれから観光学のさまざまな講義や実習の中で、どうすれば多くの観光客を日本に呼び込み、たくさんのお金を使ってもらい、どうすれば経済活動を盛んにしていけるかを学ぶことになります。
しかし観光は、ただ経済のためだけのものではありません。海外からたくさんの方々に日本に来ていただき、日本の多様な文化を知っていただき、そして「日本というのは素晴らしい国だなあ、こんな国とは戦争してはいけないなあ」と、世界中の多くの方々に思ってもらう。それが観光の最大の役割です。
芸術文化も同様です。日本の芸術を海外に紹介するのは、日本人が何に悩み、何に苦しみ、何に喜んできたのかを世界の人々に伝えることにほかなりません。
もちろん逆のことも言えるでしょう。皆さんはこれから、旅行や実習、そして舞台作品の共同制作などを通じて海外に出かけていくことになります。そこでは多様な文化を吸収し、さまざまな民族の歴史や価値観に触れることになるでしょう。そして、世界中に多くの友を持つことになるでしょう。
軍事力や経済力といった目に見える力以外に、国家が行使しうる外交力のことを「ソフトパワー」といいます。観光と芸術は、日本が有する最大のソフトパワー、安全保障の一環です。
皆さんのこれからの学びの一つ一つが、活動の一歩一歩が、世界平和に貢献するのだということを強く意識し、高い自負を持って勉学に励んでください。
私たちは、ロシア軍の蛮行を、いかなる意味でも許容しません。
しかし一方でロシアは、偉大な劇作家アントン・パブロビッチ・チェーホフを生んだ国です。あるいはツルゲーネフやドストエフスキーを生んだ国です。ボリショイバレエを育て、チャイコフスキーを生んだ国です。その偉大な芸術の国と、その民族と、私たちは和解できないはずがない。対話を諦めてはいけないと思います。どうか、本学で、世界の芸術家たちと連帯するすべを学んでください。
このウクライナにおける戦闘行為は、皆さんにとって、初めて経験する大規模な戦争ということになるでしょう。私にとってのそれは1991年の湾岸戦争、そしてボスニア・ヘルツェゴビナの紛争でした。ベトナム戦争の頃はまだ幼かったので、この二つが私にとっての初めて戦争を意識した体験ということになります。
それはまた、人類が初めてテレビで生中継で戦争を観るという体験でもありました。私はその違和感を「東京ノート」という作品に書き下ろし、東京ノートは今14カ国語に翻訳され、世界中での上映が続いています。
芸術家は、どのようなつらい体験も困難な状況も、それを色や形や音や、そして言葉に変えて後世に伝えていきます。それが私たち芸術家の役割です。
観光も同様です。今回、ロシア軍の侵攻を受けたチェルノブイリ原発跡は近年、観光地として人気を博していました。今、難民の受け入れに大変な状況にあるポーランドは、アウシュビッツ強制収容所が世界遺産となり、多くの観光客を集めてきました。日本においても、広島、長崎はコロナ以前は世界中から観光客が訪れ、過去の悲惨さを学ぶ聖地としての役割を果たしてきました。
エンターテイメント、物見遊山だけではなく、人類の負の遺産と向き合う機会をつくることも観光の役割なのです。
ぜひ、本学で観光の多様な側面を学んでいただきたいと願います。
時節柄、喜ばしいはずの入学式にしては少し堅い話になってしまいました。大変申し訳なく思います。しかし、戦後日本の大学教育は、戦前の軍国主義に協力した過去に対する反省から再出発をしました。その反省を大きく二つに分けられると思います。一つは、科学的な知見から離れ、軍部の台頭を止められなかったという反省。もう一つは、学徒動員によって直接的に前途ある若者たちを戦場へと送ってしまったことについての反省です。
少なくとも、私が学長である期間、本学の学生を兵士として戦場に送ることはしたくない。そう心に強く誓います。そして、このようなことをある種の現実感を持って語らなければならない現状を強く憂慮します。
今、皆さんがいるこの劇場は、戦前、反軍演説、粛軍演説を行った郷土の偉人、斎藤隆夫氏の功績をしのび、「静思堂シアター」と名付けられています。いま一度、平和への願いを胸に、国際社会への責任を背負った大学生となってください。
シベリア寒気団は去り、但馬に春がやってきます。ウクライナにも同様の、本当の春がやってくることを望みます。
ここ但馬では、やがて高原に花が咲き乱れ、果物のおいしい季節になります。夏になれば海水浴やシーカヤック、9月には「豊岡演劇祭」が開かれます。そしてまた冬が来て、雪の季節、スキーシーズンになります。忙しい大学生活になるかと思いますが、どうか但馬の四季を満喫してください。この平和な日本を築いてくださった先人たちへの感謝の心を忘れずに、思う存分に大学生活を謳歌(おうか)してください。
改めて入学おめでとうございます。
けさ出勤してきたら、警備員さんから「カフェにお客さんが待ってらっしゃいますよ」と言われて、行ってみたら、私の大学の同期で大学で教べんを取ってる友人が、アポなしでちょっと近くまで来たからといって来てくれました。15年ぶりに会ったのですが、大学で出会った友は、どんなに離れていても、どんなに時間を経てもすぐに大学時代の友人に戻ります。皆さんがここで出会う友達は一生の友になります。
ここにいる新しい友人たちと、できたてホヤホヤの、まだちょっと緊張している先輩たちと、そして教職員と、それから、世界で君たちを待っているまだ見ぬ友と、この大学の未来をつくっていきましょう。
皆さんを心から歓迎します。
令和4年4月4日、芸術文化観光専門職大学学長平田オリザ