公設市場の細い路地に入ると飲み屋街であった-。豊岡市の中心市街地にある「ふれあい公設市場」(同市千代田町)が近年、昼に夜に多彩な顔を見せている。南北約75メートルの路地に居酒屋やカフェ、ゲストハウスなどが開業。昼は昔ながらの風情を楽しみつつコーヒーを味わい、夜は居酒屋で杯を重ねる。もはや「市場」を超えた魅惑の空間をのぞいてみた。(阿部江利)
昼。北側の大開通から市場に入る。路地には下町情緒が残る老舗と新しい店が共存している。昨秋に開業した「カミノコーヒー」の神野利江さん(34)は「なんでここでカフェを? とよく聞かれます」と笑う。
幼い頃、親に手を引かれ、にぎわう市場で買い物をした思い出がある。進学で豊岡を離れたが、26歳で看護師としてUターン。近くでコーヒースタンドを営んでいた。「お客さんにくつろいでほしい」との思いでカフェを開くことを決意。場所選びは、幼い頃の思い出が決め手になったという。
常連だった高校生や若い世代が訪れ、市場で花を買い求めたり、路地の写真を撮ったり。「来てくれたら気に入ってもらえると思っていた」と神野さん。新型コロナウイルス感染拡大の影響で今は持ち帰り販売のみだが、市場内で自家焙煎するコーヒーや焼き菓子を求め、客足が絶えない。
隣は生花店。夏は商品を冷やすための冷気が周辺に漏れ、路地は快適だ。神野さんから「いつも冷気をいただいてます」と言われた生花店主の安積彰さん(67)は「こちらこそ元気をいただいてる。市場が明るくにぎやかになった」と喜ぶ。
生花店の隣は半世紀続くという増田宣二さん(68)の八百屋。天井からつるすレトロな「はかり」は現役で、若い客には量り売りも新鮮に映る。妻勝子さん(71)手作りの総菜も人気だ。
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市場は1927(昭和2)年に誕生した。鮮魚店に精肉店、豆腐店。八百屋は何軒もあり、盆正月は人であふれた。
森垣日出盈(ひでみ)さん(86)は55(同30)年ごろ、養父市の実家の向かいにあった谷常製菓の和菓子販売をここで始めた。市場組合の副組合長、村尾清彦さん(74)は鮮魚店の3代目。2人はにぎわった往時を「夢やったなあ」と懐かしむ。
2000年ごろには大型店との競合で衰退。4分の1が空き店舗だった時期もあるが、今は空きはなく、新旧約20店が軒を連ねる。
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夜のそこが赤くなった-。
夕刻。市場の北側に多い食料品店などが営業を終えると、路地の先、飲食店など7店がある南側の居酒屋から明かりがこぼれる。
「もりめ食堂」を営む森恵美さん(35)=愛媛県出身=は、市場やまちの雰囲気にひかれて2年前、京都から移住。今年3月、豊岡市の地域おこし協力隊員だった岡田圭輔さん(43)と協力して空き店舗を改装し、宿泊できるゲストハウスを開業した。1階の食堂は主に夜に営業する。
市場内のそば店や居酒屋などから出前を取ることもできる。料理には市場の八百屋で仕入れた野菜を使い、総菜がおいしいと評判になれば「そこで野菜が買えます」と紹介する。
「その道のプロがそろい、昼は昼で、夜は夜で、昔からさまざまな人が行き交ったのだと思う」と森さん。「ふらっと市場に来た人が、まるで近所の人のように楽しめるようにしたい」と、魅惑の市場の未来を描いている。
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ふれあい公設市場 1925(大正14)年の北但大震災の2年後に「公設市場」として設置。幅2メートルの路地を挟んで約20店舗が軒を並べ、「豊岡の台所」としてにぎわった。現在は民間施設。2003年に大規模改修を行い、雰囲気は京都の町家風になった。公募で「ふれあい公設市場」の愛称も付けた。
【2020年7月14日掲載】









