20代の頃に7年住み、悪業… ではない、青春の限りを尽くしたベルリンで7月後半の10日間を過ごした。眠らない、眠らせない、欧州一のメトロポールでの240時間。まずは前半戦をジャーナル。
【ベルリン到着日】
アレクサンダープラッツにそびえ立つ、旧東ドイツ時代の工業力の象徴であった巨大なテレビ塔を車窓から眺めながら、ああ戻って来た、ああこの国の言葉をまだ忘れていないとの安堵に包まれる。出国前日は日本でピアノリサイタルがあった。精根尽き果てるの意味を久々に知らされたと思ったが、公演後は徹夜で片付けやパッキングをして朝を迎え、空港に向かい、長いフライトの末に古巣のこの街へ辿り着いた。まだ精も根も残っていることをただただ有り難く受けとめる。
旧東ベルリン側の宿でチェックインを済ませると、荷解きもせぬまま通りに出て、フレンスブルガービールとヌードルという留学生時代の夕食をインビス(軽食屋)で楽しみ、Uバーン(地下鉄)で旧友との待ち合わせ場所に向かった。キンキンに冷えて細かい水滴に覆われた白ワインのグラスを2杯、いや3杯。北ヨーロッパの真夏の夜は長い。
【2日目】
朝。ベルリンの朝。テレビ塔を真正面に見ながらスムージー屋でビタミン補給。明日からの公演に備えて台本を頭で幾度も反芻する。ベルリン時代の友人達から「おかえり」の電話やメッセージが続々と入り、この街との関係が過去に埋没したのではないことに純粋な喜びを覚える。
夕方、日本から仕事仲間が2人到着。テーゲル空港にてまずはビールで乾杯。その後、ソーホー ハウス ベルリンのレストランに席を取り、2日ぶりの再会を改めて祝い合った。
【3日目】
在ドイツ・ノルディック大使館での公演日。
こんなにも開けた大使館があるだろうか。飼い犬連れで入館した観客が間延びした押し問答をセキュリティと繰り返すのを横目に、共演者と最後の通し稽古。北欧からのキュレーターや、2年前にアテネのフェスティバルで出会ったアーティスト達が、館内のテラスで一堂に会した。
23時半からのパフォーマンスは時差ボケの身にはなかなか辛いものがあったが、ドイツ料理の代名詞、アイスバイン(豚スネ肉)やヴァイスヴルスト(白ソーセージ)、ザワークラウトにジャガイモとエネルギーの塊のような夕食を食べたお陰か、無事に乗り切ることができた。
【4日目】
アートギャラリーでの公演日。午前中を天才の友人と過ごす。
…と簡単に言ってのけたが、そのヒトは本当に天才なので仕方がない。天才とは、人の努力では至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。この友人といることで、私は自分がいかに凡人であるかを知り、それ故にせめて努力せよと怠惰に流れがちな己に鞭を当て直す。これ以上ないほど貴重な時間を一緒に過ごせた幸運に深く感謝しつつ、リハーサル場所へ向かう。
今夜は私にとって人生初挑戦となる、ピアノが無い会場での公演となる。ピアニストからピアノを引くと、何が残るのだろう。
心強い共演者に支えられ、ピアノ無しでの舞台は終了した。ノルウェーやデンマークのギャラリーオーナー達に是非うちでもやって欲しいと依頼を受け、これからも新しい挑戦のために何度も自らに鞭を入れなければと、改めて今朝の会話を思い出す。
我々日本組3名は疲労の限界に達していたはずだが、金曜日の今夜は悪の巣窟… ではない、ベルリンナイトクラブ最高峰のBerghainでスペイン人のクールなDJが夜通しパフォーマンスするのだ。行かずばならぬ。
汗だくでクラブを後にして、インビスで食べた3ユーロの塩焼きそばの美味しかったこと。
【5日目】
朝食は、以前ルームメイトだったデンマーク人の親友が作ってくれた。卵4つ分のオムレツ、アボカドと白マッシュルームのサラダ、黒パンのスライスにチーズと手作りのママレードをたっぷりのせて齧りつく。公演・ミーティングラッシュの中休みの1日。午後は近くの州立公園(Görlitzer Park)にPCを持って行き、来たるコンサートのプログラムノート作成に没頭した。周りを見渡せば、みな思い思いに晴天の休日を楽しんでおり、PCをいじっているのは私一人だけ。アイスを食べながらの少々不謹慎な仕事ぶりとは言え、逃れられぬ日本人の働きバチDNAに呆れながらも、キーボードを叩く指は快活に踊る。
そして夜は、昔からの親友とニューヨーク・タイムズ等で活躍するジャーナリストの3人で、バーとクラブのハシゴ5件。ゴケン。GOKEN。このマグマのような巨大エネルギーは一体どこから湧き起こるのだろうかと、最後のレゲエクラブ(!)でクラゲのようにゆらゆら揺れながら不思議に思う。帰宅は朝の6時。ああ、ベルリン。
ベルリンの夏2018絶叫中継は、後編へとなだれ込みます。