長いフライトと極端に短い乗り継ぎの末、旅の最初の目的地であるコペンハーゲンに無事到着した。しかし、スーツケースが待てど暮らせど出てこない。毎回我が身に起こるロストバゲージの怪。仕方がないので、小さなハンドバッグ1つで初日の夜を過ごした翌日早朝のこと、気づけば私は森の中の切り株に腰掛けていた。まるで白雪姫のような状況に自分でも少々驚いたが、これは急遽ポートレート撮影の依頼を受けたために起こった現象である。
フォトグラファーの名は、カミラ(Kamilla Bloch)。 デンマーク・デザインスクール出身で、グラフィックデザイナーでもある。彼女と私は初対面だったが、カミラは去年の夏に来日して東京や直島を訪れ、一切妥協のない美学、他とは明らかに異なる食への探求、多彩で複雑な層を成す文化に対して完全に恋に落ちてしまったとのことで、日本の話を通じてあっという間に打ち解けあう仲となった。
そして撮影モデルのパートナーは、私が心の底から愛する親友、ラモーナ・マッチョ(本名:Bo Hagen Clausen)。彼は北欧の伝説的なドラァグ・クイーンである。デンマーク映画学校出身で、彼の卒業制作作品はなんとカンヌ映画祭で受賞の栄誉に浴したという、映像制作者としても舞台人としても、際立った才能の持ち主だ。
西のドラァグクイーン・ラモーナと東のディーバ・エリコは、異色デュオとしてこれまでに何度か舞台で共演を果たしている。彼について、またドラァグクイーンとは何か、さらにLGBTQを含めた多様なジェンダーの在り方については、近々改めて詳細をコラムで書きたい。とにかく特別で大事なヒト、ラモーナ。私にとっての形而上的ハズバンド、もしくはワイフと言ってよい。
スーツケースがさすらいの旅に出てしまったまま戻ってこないので、私は着の身着のままでラモーナの家へ行き、彼にメイク道具やヘッドドレスを借りて撮影に備えた。
3人が向かった先は、鹿公園(Dyrehaven)。その名の通り多くの鹿が群れを成し、滴るような新緑のグラデーションの中にその身体を横たえている。森を分け入って進むと格好の切り株があり、私たちはそこにコーヒーカップやお皿を並べて朝食を摂った。朝の乗馬を楽しむ人が、目の前の小道を通り過ぎて行く。
皐月の北欧の美しさは、他に例えようがない。
圧倒的な大自然の中に身を浸すと、言葉を失ってしまう。私の貧弱な語彙で、この緑のパレットを、湖面の煌めきを、絡み合った古木の枝から漏れる陽光の美しさを表現することは不可能である。
A picture is worth a thousand words.(百聞は一見にしかず)
まさにその通り。デンマークの皐月の模様は、カミラによる写真でお楽しみ下さい。
次回のコラムは、私が以前に出会った女性で、今まさに時のヒトである凄い女性についてスウェーデンからお届けします。