フジテレビのリアリティー番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラー木村花さんが急死した。番組内の言動をきっかけに会員制交流サイト(SNS)で激しい誹謗(ひぼう)中傷を浴び、自ら命を絶ったとみられる。まだ22歳だった。
匿名を盾にした言葉の暴力は、人の命を奪う凶器にもなりうる。その刃はいつ誰に向けられてもおかしくない。ネット社会の悪弊を放置せず、匿名の悪意から個人の尊厳を守る手だてを講じる必要がある。
番組は男女6人の共同生活を映し、若者に人気を集めた。半面、私生活をさらけ出す手法は出演者個人に非難が殺到する危険性があり、海外でも同種の番組を巡る自殺者が相次ぎ問題になっている。
フジテレビは番組の打ち切りを決めた。個人攻撃にさらされた出演者の心身のケアは十分だったのか、SNSの“炎上”を誘発する演出はなかったか、真摯(しんし)に検証し再発防止に努めねばならない。
ネット上での中傷を巡り、総務省が設置する窓口には2019年度に約5千件の相談が寄せられた。10年度の約4倍に当たる。
メールやブログが主流だった時代に比べ、スマートフォンとSNSの普及で拡散のスピードは桁違いに加速した。中傷が過激化した場合、鎮めるのが難しくなっている。
問題は、被害の大きさに対して救済手続きのハードルが高い点だ。
プロバイダー責任制限法では被害者がネット接続業者(プロバイダー)などに悪質な投稿者の情報開示を請求できる。だが「権利侵害が明らかでない」などの理由で開示されないケースがほとんどという。
訴訟に持ち込めば費用が膨らみ、時間もかかる。泣き寝入りする被害者が少なくないのはそのためだ。
ツイッターやLINE(ライン)などが加盟する事業者団体は、悪質な投稿者に利用停止措置などを取ると緊急声明を出した。被害の回復をサポートする自主的な努力は欠かせない。総務省も、投稿者の特定を容易にする制度改正の議論を4月に始めていた。開示手続きの簡略化や、携帯電話番号を開示対象に含めることが検討されている。
気になるのは、政治が前のめりの姿勢を強めている点だ。高市早苗総務相は「スピード感を持って対応したい」と意欲を示し、自民党も法規制に向けたプロジェクトチームをスタートさせた。
法整備が、正当な政府批判や、匿名だからできる内部告発まで萎縮させることがあってはならない。憲法で保障された表現の自由、通信の秘密の尊重と、被害の救済を両立させる丁寧な議論を心がけるべきだ。
