兵庫県尼崎市の女子大学生=当時(22)=は新型コロナウイルスに感染し、ホテルでの療養生活を終えてタクシーで帰宅途中、大型トラックに衝突されて死亡した。事故を引き起こしたのは、運転手の「ながら運転」だった。スマートフォンで同僚と雑談していたわずか10分が、多くの人の一生を狂わせてしまった。
神戸地裁尼崎支部で22日、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた元運転手男(51)=松江市=の判決公判があり、裁判官は「基本的な注意義務を怠った過失は極めて大きい」として禁錮3年6月(求刑5年)を言い渡した。
記録や証言を振り返る。
2020年11月19日午前10時10分ごろ、尼崎市武庫川町2の国道43号。男は右手でスマートフォンを持って同僚と雑談しながら大型トラックで西に直進し、交差点に近づいていた。
普段はワイヤレスイヤホンを使っていたが、その日は充電が切れていたという。「事故現場の道路は何度も走ったことがあり、荷下ろしが終わったこともあって、気が緩んでいた」
ドライブレコーダーには楽しそうに話す声が残っていた。次の瞬間、大型トラックは赤信号を見逃して交差点に突き進む。南へ右折しようと入ってきたタクシーに激突すると、車体は10メートル先に飛んで大破した。
音声が続く。
「あー! 事故した」
「1回切るわ」…
◆ ◆
タクシーのドライブレコーダーの動画には事故の直前、後部座席に座って窓の外を眺める女子大学生の姿が映っていた。
父と弟との3人暮らし。早くに亡くなった母親の代わりに家事を手伝いながら大学に通っていた。親がいない子どもたちへの支援を仕事にしたいと大学院への進学を考えていた時、コロナに感染してホテル療養を余儀なくされた。
久しぶりに自宅に帰る道中だった。「わぁー!」という叫び声とともに映像はぷつっと途切れる。しばらくして映しだされたのは、ぶつかった衝撃で空間がゆがみ、割れた窓ガラスが散乱した車内だった。
故障したクラクションが鳴り続ける。タクシー運転手は腰を折る重傷を負いながら「大丈夫か!」と叫んだが、女子大学生からの返事は聞こえなかった。
◆ ◆
「あなたの半分も生きてないんですよ…。返してくださいよ」。公判で女子大学生の父(53)は怒りを押し殺し、震える声で質問を続けた。
検察が求刑を重くした理由の一つは、男の誠意のない行動を問題視したからだ。
事故直後、男はトラックをスペースのある場所に移動させてからタクシーに近寄り、通報することなく立ち尽くしたという。「なぜ通報を人任せにしたのか」との問いかけに「周りの人が通報しているのを聞いて、自分からするのはやめてしまった」と話した。
また、1カ月近く現場に花を手向けにこなかったことには「会社に止められていた」「コロナ禍で遠出が難しかった」と小さな声で説明を重ねた。さらに遺族に謝罪文を送りながら、女子大学生の名前の漢字を間違えていた。
判決で裁判官は「およそ考えがたいような無謀かつ危険極まりない運転」と述べ、「ながら運転」を軽視した重大さを強調した。
スマートフォンの普及で急増した「ながら運転」は2019年に厳罰化されて件数は減ったものの、いまだに毎年1300件ほどの事故が起きている。
女子大学生の父は、より重い刑を科すことができる「危険運転致死傷罪」の適用を求めたが、今回の事故は構成要件を満たさないと判断された。
判決後、「(刑期が)短くてショックだった」と肩を落としてつぶやいた。
「法律が変わらないと事故は減らない。でも、人が死なないと法律は変わらない。どうしたらいいのか…」
(村上貴浩)