フランス南東部の小さな地方都市が年に1度、世界中の演者やファンであふれる。教会や納屋など至る所が舞台になり、1カ月の会期で公演は千を数える。世界最大といわれるアビニョン演劇祭だ。
劇作家平田オリザ(57)は兵庫県豊岡市のモデルにこれを掲げた。「5年でアジア最大、10年で世界有数の国際演劇祭を目指す」と公言する。
昨年9月には城崎国際アートセンター(同市城崎町湯島)と出石永楽館(同市出石町柳)を会場に試行イベント「第0回豊岡演劇祭」を開催し、東京の4劇団が3日間で計9回上演。前売り券は早々に完売し、関西を中心に全国から延べ約1400人が訪れた。来場者へのアンケートでは7割が市外からで、その半数が城崎温泉などに宿泊した。
来場者が宿泊した城崎温泉の旅館「富士見屋」では、食事の提供を午後11時以降まで遅らせた。松本淳志社長(44)は「公演の後、外湯に入ってからでも食事ができるように試みた」と話す。うどんや小鍋など軽めの食事だが「但馬の味覚でもてなしたい」と、地元でとれたアジやイカの刺し身も添えた。宿泊客からは「食事も楽しめそうなので宿泊することにした」と声を掛けられ、手応えを感じたという。
松本は「夏の花火や灯籠流し、冬のカニなどの魅力に演劇が加われば、訪れる選択肢が増え、客層が広がる」と期待する。
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ICチップが付いたリストバンド型チケット、電気自動車(EV)の無料貸し出し-。第0回豊岡演劇祭では大手企業の新技術を端々に取り入れた。本格開催する今年以降には、有償ボランティアへの支払いも含めたキャッシュレスの地域通貨導入も予定している。いわゆる「スマートシティー構想」だ。
演劇祭のコンセプトには、交通弱者の移動に向けたデータ収集など、まちの課題を解消するための実証実験の場に-との思いも含まれている。「最初からこんな構想を描いていたわけではない。たまたまです」と平田。企業の協力を生かそうと検討する中で出てきたアイデアだ。
「演劇と技術」という組み合わせは異色ともとれる。しかし平田は言う。
「科学技術をどう使うかは、アートなどの発想がないと生まれない。アートとの融合がイノベーション(技術革新)を生むということを企業も意識しているのだろう」
「演劇のまち」の取り組みは観光産業だけではなく、住民生活への波及という壮大な可能性も見据える。
だが、演劇祭は途に就いたばかり。住民たちには具体的なイメージが浮かばない。そんな中、「演劇の聖地」と言われる国内の先進地に足を運んだ市民らがいた。=文中敬称略=
(石川 翠、末吉佳希)