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マクドナルド勤務から看取り士へ 250人の最期に立ち会い感じた「死」とは

2020/04/13 05:30

 悲しくて、つらくて、怖い。できるだけ向き合いたくない。「死」に対し、そんなイメージを持っていた。しかし、これまでに約250人の最期に立ち会ってきた柴田久美子さん(67)=岡山市=はにっこりと笑って、死を「慈愛にあふれた感動のイベント」と表現する。柴田さんは高齢者施設の勤務を経て、臨終に立ち会う「看取(みと)り士」を名乗り、一般社団法人日本看取り士会を設立した。猛烈な勢いで高齢化が進み、多死社会を迎えた日本。看取り士とはどんな役割を担うのか、聞いてみた。(中部 剛)

 ー看取り士とは、どんなことをするのでしょう。

 「ご臨終に立ち会って、私たち独自の看取りの作法を家族に伝え、お別れしてもらいます。医師が告げる『臨終』という言葉は『臨命終時』を略したものです。命の終わりに臨み、『ご家族の皆さま、命を受け取ってください』という意味です。私たちは『死』を語りますので、誤解されることも多いのですが、宗教ではありません。もう一人の家族としてサポートします。看取りに際し、5~10時間、一緒にいることもあります」

 ー今、身近な人の死を経験したことのない人が増えています。

 「自宅で最期を迎えたいと思っている人が多くいますが、在宅死は1割程度。昔と違い、子どものころに看取りを経験することが少なくなったため、残された家族はどうしていいのか分からない。地域社会のしきたりなど『死の文化』が失われ、病院や葬儀会社の言われるままになりがちです。葬儀会社に連絡すると、すぐに体にドライアイスを入れる措置をすることが多いのですが、私たちは少なくとも24時間は、亡くなった方のぬくもりを家族に感じてもらうようにしています」

 「息を引き取る瞬間に間に合わないと、それを長い間、悩み、悔やまれる方が多くいらっしゃいます。それを『臨終コンプレックス』と呼んでいます。ですが、ご遺体のぬくもりを感じてもらい、私たちは『間に合って良かったですね』と伝えます。間に合うことは、残されたご家族にとって大変大きな意味があるのです」

 「自宅で亡くなられた場合は在宅医や訪問看護師、ヘルパーと連絡を取り、迅速な対応を心掛けています。葬儀会社との連携がうまくいくよう潤滑油の役割も担います。いい看取りを経験した家族は『後悔がなくて幸せでした』と口にします。独居高齢者から、最期に立ち会ってほしいと依頼されることもあります。温かな沈黙をつくり、私たちの存在が安心感になればいい」

 ー先ほど言われた独自の看取りの作法とは、どういうものですか。

 「『傾聴』『反復』『沈黙』『ふれあい』が大切だと考えています。死を前にした人に触れ、抱きしめ、呼吸のリズムを合わせる『呼吸合わせ』をします。長く続けていくと、旅立つ方と家族の呼吸が一つになる瞬間があります。これまでの私の経験から言うと、今の看取りには、圧倒的に『触れる』ということが不足していると思います。そっと手を触れるだけで、温かで穏やかな気持ち、安心した気持ちが伝わります」

 「本人の希望を尊重しながら、これから旅立つ人の精神的な支えになれるよう努めています。どこで最期を迎えたいか、誰に看取ってほしいか、どういう医療を希望するか、困っていることはないか。本人の希望を聞き、残された時間を心穏やかに過ごしてもらいます。最期はわがままであっていいと思います」

 ー日本看取り士会が開催する養成講座には、どんな人がやってくるのでしょうか。

 「独自の講座を経て、これまでに1052人が資格を得ました。内訳は看護師が8割、介護士が2割といったところでしょうか。亡くなる方の尊厳を大切にしている人たちです。私が看取り士を名乗り始めたころは、縁起でもないと言われ、名刺を破られたこともありますが、少しずつ知られるようになりました。5月からは会社組織をつくって、派遣業務を始める予定です。一般社団法人日本看取り士会が資格を認定し、会社が派遣する仕組みです。各地で自分自身の死生観を語り合う『看取りカフェ』も開催しています」

 ー柴田さんの経歴を見ると、日本マクドナルドに勤務したり自営業をされたりしています。なぜ、この世界に?

 「マクドナルドには16年間、勤務しました。ちょうど日本で急成長を遂げているときで、店長も経験しました。ただ働き詰めで、そのスピード感についていけず、体調を崩してうつ状態になってしまいました。離婚を経験し、家族も失いました。マクドナルドを退社後、知人の紹介で高齢者介護の世界に入り、利用者の人たちと心を通わす喜びを見いだすようになりました」

 「高齢者施設で私は再び挫折を味わいました。私に最期まで看取ってほしいと希望された高齢者がいたのですが、その方が倒れると病院に運ばれ、そこで亡くなりました。約束を守れませんでした。医療者は最善を尽くしてくれましたが、ご本人の希望通りにはなりませんでした。そして私は、病院施設のない島根県の離島に行けば幸せな最期を看取れるのではないかと考え、『看取りの家』を開設しました。いぶかる住民がいる一方で、応援してくれる方も少しずつ増え、50人以上を看取りました。数年前まで講師を務めた神戸看護専門学校では、若い人たちに終末期概論を教えました」

 ー看取り士を依頼すると、費用はどれぐらいですか。

 「利用料は1時間あたり8千円。契約後は24時間、いつでも駆け付けます。医療保険や介護保険の対象外ですので、総額は平均で20万円くらいです」

 ー資格をつくり、会社を起こして事業を確実に進められています。起業家としての顔が見えます。

 「私たちの取り組みを見て、経済産業省の関係者から『新しいビジネスとして頑張ってほしい』と言われたことがあります。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に入る2025年問題はすぐそばまで迫っています。まさに多死社会です。私は、すべての人が愛されながら旅立ってほしいと願っています。ただ、ボランティア活動ではなかなか広がらず、ビジネスとして展開する必要があると感じています。一生懸命に生きてきた方が、いい人生だったと思ってほしい。死は怖いものでもけがれたものでもなく、人生にとって最も大きな愛にあふれたイベントなのです。看取り士は、そのお手伝いをしたいと思っています」

■キーワード「在宅死は1割強」

 在宅死は1割強 自宅で最期を迎えたいと望む人は多い。しかし、厚生労働省の2018年人口動態統計によると、全死亡者のうち自宅で亡くなった「在宅死」は13.7%だった。これに対し、病院・診療所は73.7%に達する。

【しばた・くみこ】1952年島根県出雲市生まれ。日本マクドナルド勤務を経て飲食店を経営。93年に特別養護老人ホームの寮母を経験したことをきっかけに看取りの世界へ。2012年に一般社団法人「日本看取り士会」を設立した。

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