世界文化遺産・国宝姫路城の城下町に古くから残る町家を残そうと、地域の住民が買い取って保存しようとする試みを始めた。城周辺は遺産に指定された際、景観保護のため設定された緩衝地帯(バッファゾーン)だが近年、所有者の高齢化などから取り壊される町家が相次ぐ。日本文化の象徴として価値を見直し、売買を通じて受け継ぐシステムづくりを目指し、出資者らを募っている。(井原尚基)
保存活動が始まった町家は、兵庫県姫路市堺町の旧但馬街道沿いにある「尾上市平(おのえいちべえ)家住宅」。江戸初期に創業した金物商の旧家で、約490平方メートルの敷地に約200平方メートルの建物がある。指定文化財ではないが、市史は主屋について「19世紀初期の上層商家の平面機構の一端を知る遺構として注目される」と評価する。
住人だった男性が亡くなった後、建設業者が買い取った。解体してマンションを建設する計画があり、保存のためには数千万円で購入する必要が生じた。
このため、近くで築140年の町家に住む公務員の塩本知久さん(53)と妻の由紀子さん(53)=同市=が出資者の募集を開始。知久さんは「古民家修復技術の伝承にも役立てたい」と意義を強調する。改修して日本玩具博物館(同市香寺町)が所蔵する玩具の一部を展示する施設にする夢もある。
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姫路城近くにある市立野里小学校区には、武家屋敷を含む戦前の建物が200軒以上残るとされる。塩本さん夫婦も名を連ねる住民グループ「姫路・町家再生塾」は11月、地元自治会の協力を得て住人に今後の意向などの調査を始めた。
築年数や建物の構造を聴くうちに、住民から「明治15年くらいかな」「奥には中庭と蔵があるんやで」と誇らしそうな答えが返ってくる。現状を調べるだけでなく、住民に古民家の価値を再認識してほしいとの願いも込める。由紀子さんは「修復して活用できれば、城を訪れる観光客だけでなく、地域住民の心も豊かにできる」と話す。
調査に同行した兵庫県立大の土川忠浩・環境人間学部長は「古民家がもたらす落ち着いた景観が、住人の快適な生活とも両立できるよう行政や民間団体の支援が不可欠だ」と指摘する。
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町家の保存や活用について、姫路市まちづくり指導課は「街並みを形成する上で重要な要素の一つではあるが、古民家であるという理由だけでは行政が支援するのは困難」としている。
市指定文化財などの保存には補助金があるが、対象は限られる。町家の売買を仲介するため、11年前にインターネット上で始めた「ひめじ古民家・町家情報バンク」も、これまでの活用事例は「数件程度」(同課)にとどまっている。
再生塾では年内に町家の調査を終え、市などに結果を報告する予定。今後の支援の在り方について検討を促したいという。
■公的支援に高い壁解体相次ぐ 識者「古民家市場活性化を」
姫路城などコロナ禍が収束すれば多くの外国人観光客が期待される城下町で、古い町家をどう保存すべきか。各地で頭を悩ませる課題に専門家は「古民家に特化した不動産市場が形成され、活発に売買される状態が望ましい」と提言する。
行政の支援制度の一つに、歴史的な集落や町並みを保存する「重要伝統的建造物群保存地区」があり、改修などの際に補助を受けられる。兵庫県内では、神戸▽豊岡▽養父▽たつの▽丹波篠山-の5市で計6カ所が同地区に指定されたが、住人の死亡などで引き取り手がない場合は「空き家バンクを紹介するしかない」(たつの市)など手だてが限られる。
京町家再生研究会理事の宗田好史・京都府立大教授(都市計画)によると、ヨーロッパでは、住宅や土地を代々受け継ぐ考え方が希薄で活発に売買される。古民家に魅力を感じる人が購入し、修理して守る文化が培われてきたという。
京都市では町家の売買が活発で、不動産業者が購入、修理した上で販売し、利益を得るモデルが成立。同市は、指定地域の町家を解体する場合、1年前までの届け出を義務付け、保存を望む住民が専門業者に相談しやすい環境を整えた。
「町家は日本文化の象徴として大切。文化財としての価値に気付かず壊してしまうのは惜しい」と宗田教授。「行政は個別の古民家への財政支援は難しくても、観光に生かすためのビジョンを掲げるべきだ」とする。











