新型コロナウイルスの感染予防では「3密」を避けることが肝要とされる。影響をもろに受けたのがスポーツスタジアムだった。何千、何万人もの観客が集まり、肩を寄せ合って応援歌を歌い、歓声を上げるなど、もってのほか。プロ野球やJリーグなどは延期や中止、無観客試合を経て、少しずつ入場者数を増やしつつあるが、大声での応援は禁止されるなど制約は残る。もう以前のように、スタンドで試合を楽しむことはできないのだろうか。革新的なデザインで知られるマツダスタジアム(広島)などの設計に携わった追手門学院大学の上林功准教授は「ピンチだけど、チャンスも見いだせる状況」という。コロナ禍を経験し、スタジアム観戦はどう変わりますか。(伊丹昭史)
-コロナのせいで「スタジアムに集まって観戦する」という当たり前のことができなくなりました。
「スポーツ観戦そのものが崩れてしまう、という危惧はありました。コロナ禍を受けたスポーツ観戦需要などの意識調査に参加しているんですが、よく分からない病なので漠然とした不安を持つ人が多い。『多くの人が集まっている様子を見るだけで不安』という回答もあった。ワクチンができても『まだ打っていない人も来るかも』と考えるとスタジアムに行きにくい。安心を担保する方法を考える必要があります」
-6月には無観客でプロ野球、Jリーグが始まりましたが、寂しい雰囲気は否めませんでした。
「無観客試合では、スポンサーがすごく離れてしまったんです。広告看板などを出す企業にとっては『あんな寂しい場所でやっている試合に、広告を出しても効果がない』となる。だからにぎわいを減らさない工夫も出てきていて、米大リーグですらスタンドに人の写真パネルを並べるなどしていましたね」
-スタジアムやアリーナの多くは席を詰めて造られています。コロナとの相性は最悪ですよね。
「スポーツ観戦は古代ギリシャ、古代ローマのコロッセオの時代からあり、人が集まって一体感を持って、一つのものに集中するという行為は、ある種の人間の欲望です。スタジアムはこれまで経済合理性もあって“3密”を良しとし、それによって盛り上がりも生んできた。ただ今の状況でこれまでの観戦スタイルにこだわりすぎると、スポーツ文化が途絶えてしまうかもしれない。日本には『ちゃんと3時間、そこに座って見ろ』みたいなスタジアムが多いけど、そこは柔軟に考えないと」
-具体的には?
「西武ドームで以前、観戦者調査をよくやってまして、リピーターになる要素を調べていたら、球場で味わった臨場感がチケット代に見合うかどうかが影響していた。でもグループ観戦の場合は別で、チケット代とは関係なく『みんなでワイワイ楽しめるから、また来たい』という結果だった。そこで球団に『ワイワイできるような広い場所を設けて、一定のチケット代を取る方がいい』と伝えた結果、テラスシートができました。マツダスタジアムにも焼き肉ができるテラスシート、寝転んで見られる『寝ソベリア』が造られました。人口密度は少なく、気軽に移動したいとか、ワイワイする方法の多様性は増しています」
「スタジアムを外に拡張するという考え方もあります。全米オープンテニスはセンターコートでは声を出したら駄目とか厳しいマナーがありますが、一歩外に出たらチェアに腰掛けながら、特設ビジョンの画面でゆったり見る人が山ほどいる。プロ野球DeNAも横浜スタジアムの隣の公園にビアガーデンを開き、そこで観戦できるようにしています。元サッカー日本代表監督の岡田武史さんが率いるFC今治は、地元商店街横の芝生広場でライブビューイングをしています。スタジアム内では拍手しかできなくても、外なら応援がガンガンできます」
-ただスタジアムを出ると、さすがに臨場感に欠けるのかな、と。
「IT技術を活用できます。例えばバスケットのBリーグでは『B.LIVE(ライブ)』として、試合を別会場で中継したことがあります。『ダンダンダン』というボールが弾む振動を音のデータに一度落として中継会場に送り、振動に戻すということをほぼ時間差なしに行い、臨場感を演出していた。第5世代(5G)の移動通信システムが広まり、さらに6Gになると現場と画像の時間差はほぼなくなる。甲子園球場のスタンドが揺れる感触も再現できないか、というところまで技術は進んできています」
-今後はスタジアム以外の観戦方法が進歩していくんですね。
「IT技術などはスタジアム観戦のひとまずの代替措置であり、アフターコロナの時代に加わる新たなスポーツ観戦の価値なんだと思います。スタジアムよりオープンスペースでフェスのように観戦した方が楽しいという人もいるはずで、新たなスポーツ視聴者層の開拓につながるかもしれない」
「ただ、野球で九回、逆転の好機にヒットが出て、バックホームのクロスプレーに球場全体が息をのむ-という瞬間の一体感や臨場感は、スタジアム以外では絶対味わえません。スタジアムも今が完成形じゃない。施設に今、トイレがあるのは明治、大正の頃に赤痢が流行して法律で定められたから。コロナも今後知見が固まることで、対策が法律に盛り込まれる可能性は高いと思います」
-変化が求められる今だからこそ、取り組んでみたいプランはありますか。
「例えば、マツダスタジアムでは球場外から無料で観戦できる『ただ見エリア』を設けました。他の自治体さんに提案したら怒られるんですが、そこでかじりついて見ているうちに、チケットを買って入ってきてくれるんですよ。テレビ中継が減る中で、ちらっと中を見せて『面白そう』と思ってもらう仕掛けは重要です。また、米大リーグでは試合日に球場周辺を歩行者天国にして楽しい雰囲気を周辺に広げている。盛り上がりをスタジアム内にとどめず、官民連携も重視しながら面的に拡大する。コロナ禍で、関係者が『なんとかしないと』と目線を合わせやすい今こそ、改善のいい機会だと思っています」
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【うえばやし・いさお】1978年生まれ。神戸市西区出身。神戸高校卒業、早稲田大スポーツ科学研究科博士課程修了。2014年にスタジアムのコンサルを手掛ける「スポーツファシリティ研究所」を設立。18年から現職。
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〈ひとこと〉若い頃、甲子園球場の阪神戦で友人たちと座った右翼席は超満員。試合内容はほぼ覚えていないが、メガホンを振って、六甲おろしを歌って。「野球」より「甲子園」を楽しんだ気がする。仮想現実(VR)も楽しみだけど、いつかあの熱狂を取り戻せると信じたい。