兵庫県姫路市内に、園児59人(5月1日現在)とほぼ同数の54人の教員が在籍する幼稚園がある。少人数指導を売りにしているのだろうか。だが、実際に施設で働いているのは、園長を含め4人だけという。残る50人の行方は? 幽霊部員ならぬ「幽霊教員」は、どこで何をしているのか。
「数字だけ見ればおかしいですが、あくまで運用上の問題なんです」
「幽霊教員」がいる手柄幼稚園について姫路市教育委員会に取材すると、担当者は苦笑した。
説明によれば、彼らは学校現場に助言する「指導主事」という立場で、実際は市教委の事務局に勤務していた。小中学校などから異動してくる際、とりあえず手柄幼稚園に籍を移しているという。
手柄幼稚園が「受け皿」に選ばれた理由は、事務局がある姫路市役所に近いから。1カ所に集約しているのは、人事上の管理がしやすいためらしい。
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取材を進めると、兵庫県内の他の教委にも「幽霊教員」が存在していたことが分かった。
神戸市教委によると、神戸生田中学校に在籍する教員170人のうち、8割近い132人は事務局に勤務していた。県教委事務局の指導主事198人も、神戸特別支援学校や神戸高校などに分散して籍を置いていた。
姫路、神戸市教委では、学校で校長や教頭だった教員が指導主事になるケースがあるが、「形式上の異動先」の手柄幼稚園や神戸生田中では、一般教員として扱われている。神戸市教委の担当者は「一つの学校に校長や教頭が何人もいるのはさすがにおかしいので」と話す。
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なぜ、こんなに複雑な運用をするのか。
背景に、教育委員会の事務局には市役所勤務のような一般行政職と、教諭という専門職が混在している、という特殊事情がある。
文部科学省によると、学校園に籍を置く指導主事を特に「充て指導主事」と呼び、1956年施行の地方教育行政法に定められているれっきとした制度だという。
その経緯について、同省の担当者は「詳細は分からない」とするが、61年の参議院文教委員会での質疑で、文部省(当時)の幹部が説明した記録が残る。
議事録によれば、この幹部は、行政職よりも高い教員の給与体系が背景にあると指摘し、こう述べている。
「事務局に指導主事が入ってくる場合には、(行政職に切り替わって)俸給を下げるのが通例なんです。教員の身分のままですと、退職手当、その他の点についても大変便宜が多いので、こういう制度を設けたわけでございます」などとしている。
学校現場での経験を教育行政に生かすのが指導主事の役割であり、教員と同等に処遇する必要がある-との考え方だ。
これに対し、質問をした議員は「身分をはっきりすべき」と強調。充て指導主事を「二重人格」「(正体不明の)ヌエ」と例えるなど、口を極めて批判している。
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「昔からの慣例を引き継いでいるだけ」「法律で定められており、何の問題もない」。県内の各教委の多くは、「充て指導主事」という制度を疑問視せず、「(社会保険制度の)共済組合の転籍の手間が省ける利点もある」などと説明する。
一方で、身分が教員のままなので、行政職ならば支払われる時間外勤務手当などが支払われないケースもあるという。
ある教委の担当者は「回りくどいだけの制度で、つまるところ、前例踏襲の典型だ」と打ち明ける。
これに対し、大阪市教委は2014年度から、「市民に分かりにくい」として充て指導主事をなくした。
事務局に異動する指導主事の給与を現場の教員と同額とする条例改正などを実施したといい、担当者は「制度的にも明確になった。変更に伴う問題も今のところ起きていない」と話す。
文科省の教育行政調査によると、全国の充て指導主事は11年度の4335人に対し、19年度は4265人とわずかに減っている。(小川 晶)