社説

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 新型コロナウイルスが私たちの命や健康、暮らしを脅かしている。

 安倍晋三首相は緊急事態宣言を延長する方針で、引き続き国民に外出自粛などを求めた。都道府県の知事も遊興施設などに休業を要請し、学校も休校措置が延長された。

 感染力の強いウイルスとの闘いは気が抜けない。足並みがそろわなければ封じ込めは難しいだろう。

 とはいえ、自由を束縛された生活に息苦しさを覚える人も多いのではないか。経済活動の後退で雇用への影響も深刻化している。

 憲法が「最大限の尊重」をうたう個人の自由や権利が、今は棚上げされているように思える。「有事だから仕方がない」と流されず、光と影を冷静に考える必要がある。

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 「ロックダウン(都市封鎖)」という言葉が関心を集めている。中国や欧州諸国などでは都市の出入りや外出を禁止する措置がとられた。

 首相は「日本ではロックダウンはできない」と諸外国との法制度の違いを強調した。新型コロナ対策の特別措置法では土地の強制使用などの私権制限も可能だが、外出自粛や休業は「お願い」にとどまり、より強い指示にも罰則はない。

 一部のパチンコ店が従わずに営業し、兵庫県などの知事が店名を公表した。事実上の制裁措置といえる。

 ただ、特措法には休業で損失を被る事業者への補償制度はない。私有財産の制限に対する「正当な補償」を定めた憲法29条との整合性が問題とされる可能性は否めない。

 一方、ロックダウンを断行したフランスやイタリアなどでは、正規労働者の給与最大8割を肩代わりするなどの施策を手厚く行い、銀行振り込みなどが既に実施されている。

 西村康稔経済再生担当相は法改正で罰則を設ける考えを示したが、その前に検討すべきことがある。

ペストをめぐる論争

 感染症には医学に基づく強制措置が必要な場合もある。一方で乱用の恐れもよく考えねばならない。

 神戸は開港以来、海外からの感染症流行を何度も経験した。明治、大正期のコレラやペスト、スペイン風邪(インフルエンザ)などである。

 ペスト菌を発見したのは「日本の細菌学の父」北里柴三郎だ。その北里が明治末期に神戸で流行したペストの対策を助言している。

 汚染された建物を場合によっては焼却すべし。そう主張する北里に異を唱えたのが、東大教授を務めた病理学の大家、青山胤通(たねみち)だった。

 北里は、感染者が出た一つの村を焼き払うよう促した。青山は「焼いたら感染を防ぎ止めることができると思うのは間違い」と批判した。

 東京に感染が広がれば東京を焼き払えとでもいうのか-。青山の言葉が当時の講演録に残されている。

 行政当局も一度は見合わせたが、結局、「終息」をあせって民家13棟を買い上げて焼き払う。それでも神戸のペスト禍は、大小の波を重ねてその後も10年ほど続いた。

 強制措置には、十分な科学的根拠と、他に手段がない緊急性や必要性が求められ、実施しても最小限にとどめるべきとされる。当時、青山も同じ問題意識を抱いたのだろう。

 ただ、北里は上下水道整備や地域の消毒などの必要性も力説している。衛生改善の地道な努力で流行を収めた経緯を振り返れば、2人の論争は新型コロナ対策のあり方にも示唆を与えているように思える。

手だてを総動員して

 憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を明記する。国に対しては、公衆衛生や社会保障の向上などで国民の生存権を保障するよう義務づけている。

 感染症対策でも公衆衛生と社会保障の両面で施策を総動員し、一人一人の生存権を守らねばならないはずである。強制措置の発動はそれを達成する手段の一つにすぎない。

 感染症を「災害」と捉えれば、災害救助法で生活や仕事に必要な資金・器具の支給や貸与が可能となる。「激甚災害」に指定すれば、対象地域の特例で、休業した会社の従業員に雇用保険の手当が支給できる。災害法制に詳しい兵庫県弁護士会の津久井進弁護士はそう指摘する。

 同弁護士会の永井幸寿弁護士も「今の法制度でもやる気があればかなりの対策が打てる。政府は平常時の感覚から脱するべきだ」と語る。

 科学的な対策を徹底して感染症を封じ込める。影響を受ける国民の生存権は、手だてを駆使して守る。それが憲法が求めている姿だろう。問われているのは、非常時に臨んでの政府の対応能力と、本気度だ。

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