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 1956年の水俣病公式確認から今月で64年になった。新型コロナウイルスの影響で、熊本県水俣市などが主催し、例年県知事や環境相らが出席する犠牲者慰霊式は延期となった。現地では患者団体による慰霊祭が規模を縮小して営まれた。

 水俣病は被害者救済の問題がいまだに解決していない。患者認定や未認定被害者の救済策から漏れた人たちの訴訟が、各地で続いている。

 その一つ、胎児期や幼少期の被害を訴え、未認定の8人が国や熊本県、原因企業のチッソに計約3億円の損害賠償を請求した訴訟は今年3月、福岡高裁で全面敗訴した。司法はこれまで救済の道を開いてきたが、逆に厚い壁となった。

 慰霊祭に出席した佐藤英樹原告団長は「水俣病の実態をきちんと分かっていない裁判官が出した判決だ。今後も闘っていく」と話した。

 高裁判決は、3人を患者と認めた熊本地裁判決を取り消し、請求を棄却した。原告らが「史上最悪の判決」と落胆したのも無理はない。

 原告は60代の男女で、公式確認の前後に不知火(しらぬい)海の沿岸で生まれた。手足の感覚障害やこむら返り、難聴などに苦しんできたという。

 だが福岡高裁は、6人は「(汚染された魚介類を通じ)多くのメチル水銀を摂取したとは言えない」とし、2人については「水銀の多量摂取はありうるが、水俣病以外の疾患の可能性がある」と結論付けた。

 不知火海は豊かな漁場で「魚湧(いおわ)く海」と言われた。沿岸住民は昔から魚介類を日常的に摂食しており、判決理由には違和感を覚える。

 水俣病の認定基準は77年に国が定め、複数の症状の組み合わせを求めるなど非常に厳しい要件を設けた。それに疑問を投げかけ、救済の門戸を広げてきたのは司法である。

 2004年の関西訴訟最高裁判決が「感覚障害があれば認める」とし、13年の別の最高裁判決も同様の見方を示した上で「裁判所が独自に判定できる」と画期的な判断をした。これを受け、環境省も基準の運用に関する新指針を出している。

 福岡高裁判決は、司法が重ねてきた流れに逆行するものだ。

 原告は「水俣病を食中毒として調査せず、漁獲の規制もしなかった」と行政責任も問うたが、高裁はこれも退けた。調査などが適切に行われていれば、水銀摂取のデータが残され、救済されるべき人が長く苦しむこともなかったのではないか。

 今回の判決が、救済の流れをよどませることがあってはならない。国や県は、被害者団体などが求める不知火海沿岸での健康調査を速やかに行い、被害の実態を直視して全面的な救済を急ぐべきだ。

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