社説

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 広島に続き長崎がきょう、75回目の「原爆の日」を迎える。コロナ禍の影響で平和式典の規模は縮小され、例年とは異なる緊張感の中で「核廃絶」への誓いを新たにする。

 それでもヒル米駐日主席公使が参列を表明し、オバマ政権時代から10年続けて米政府代表が被爆者らと同席する。式典の模様はオンラインで配信され、世界に伝える工夫もなされる。

 世界では大国間の核軍拡競争が激化し、北朝鮮の核開発などで危機感は募るばかりだ。

 核兵器は人道に反する「絶対悪」である。国際社会と連帯し、破滅に近づきつつあるとされる終末時計の針を、一分でも一秒でも戻さねばならない。

 原爆投下で、広島では約14万人、長崎では約7万4千人が死亡したとされる。後に亡くなった被爆者を含めると、長崎市の原爆死没者名簿には約18万5千人が記載されている。

 一方、被爆者健康手帳を交付された人は全国で13万を超える。平均年齢は83歳で、幼くして被爆した人も高齢となった。今のうちに若い世代が被爆者の体験に学ぶ必要がある。

 手引になる書籍が米国の作家スーザン・サザードさんの「ナガサキ 核戦争後の人生」(みすず書房)だ。

 サザードさんは高校2年で日本に留学し、修学旅行で長崎を訪れた。自国が投下した原爆投下の事実をほとんど知らず、写真や遺品を見て衝撃を受けた。

 長崎の被爆者運動を先導して3年前に亡くなった谷口稜曄(すみてる)さんが生前、米国を訪れた際、通訳を引き受けた。その後、谷口さんら5人を中心に聞き取りを重ね、当日の被爆体験とその後の人生の道のりを記録した。

 がんの再発など健康への影響に絶えずおびえ、「忘れることのできない心の傷」に苦しみ続ける。原爆投下を正当化する見方が主流の米国でも、「キノコ雲の下にいた人々」の苦悩を知り、核の罪深さについて考える動きが見られるという。

 75年前のきょう何があったのか。知ることを前に進む力にしたい。「平和の原点は人の痛みが分かること」と語った長崎の被爆者の言葉をかみしめながら。

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