社説

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 新型コロナウイルスが国内で猛威を振るい始めた今年2月、需要に生産が追いつかず、マスクが店頭から姿を消した。ネット取引では平時の10倍の値がついた。

 政府は1973年制定の国民生活安定緊急措置法を適用し乱売を監視したが、国会では物価統制令の適用を求める声も出た。終戦翌年の46年、インフレ対策として政府による価格統制などを定めた法令だ。

 終戦から1年で、東京では小売物価指数が6倍になった。多くの国民は、衣料を売っては食料を手に入れる暮らしを強いられた。

 いのちを守る商品さえ値上がりで手に入らない。国民を窮地に追い込んだインフレの記憶が、歴史の彼方から片りんをのぞかせた。

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 戦後のインフレの主因は、それまでの戦費の膨張にある。

 一般会計と分離した特別会計に計上され、軍部の台頭も相まって国会のチェック機能が働かなかった。37年に日中戦争が始まると、一般会計との合計額の7割以上を軍事費が占めるようになった。

 税収では賄えず国は日銀に直接、国債を買わせ、国民にも貯蓄代わりに購入を求めた。日銀券の発行高は戦争末期の2年で5倍に急増し、戦禍で生産力が失われる中、だぶつくお金が物価を押し上げていった。

積み上がる国債の山

 47年制定の財政法は、赤字国債の発行と日銀が国債を直接買うことを原則禁止とした。安易な国債発行が「戦争の遂行・拡大を支える一因となった」(杉村章三●「財政法」)と自戒し、予算編成上でも不戦を誓う、政府の決意の表れといえる。

 だが経済成長の過程でその原則は遠のき、国会の議決に基づく赤字国債の発行などの例外措置が恒例となる。国債の山は積み上がり、現在の総額は国内総生産(GDP)の2倍と終戦時に匹敵するに至った。

 むろん戦後のようなインフレが直ちに再来するとは考えにくい。生産力が激減した終戦時と違い、いまや日本は世界有数の生産力を保有する。むしろ国債発行であふれ出たお金が需要の刺激に至らず、日銀目標の物価上昇2%すら道半ばにある。

 ただ見過ごせないのは、膨らむ一方の国の借金を楽観視する空気が当時と酷似している点だ。

浸透する「安全神話」

 国債がたくさん増えても全部国民が消化する限り、すこしも心配はないのです-。

 戦時中、大政翼賛会が国債購入を国民に促すため製作した冊子「戦費と国債」の一文である。国債は国家に対する債権だからこれほど確実なものはない、とも説く。

 現在も国債の9割以上は国内で保有されている。安倍政権が国債頼みの積極財政を続け、国債発行による格差是正策を掲げる野党があるのも、国債の「安全神話」が今も浸透しているゆえだろう。

 しかし終戦で国債償還が難しくなると、政府は国民の預金を強制的に取り上げ、課税強化を断行した。財政運営が行き詰まれば、大きな痛みが国民に及ぶと歴史は示す。

 崩壊の要因は戦禍に限らない。日本が今、想定すべきは巨大災害だ。南海トラフ地震が起これば、GDPの約1割が失われると予測される。影響が長期化し日本が最貧国に陥るとの指摘すらある。そうした状況で国債は滞りなく償還できるのか。

 コロナ禍に企業や家計が身をすくめる中、国債に頼る経済対策は緊急避難としてやむを得ない面がある。だが収束に至っても財政膨張に歯止めがかからなければ、インフレの培地にもなりうる。

 安倍政権下で、防衛費は8年連続の増加となった。国債頼みの予算編成の中で「聖域」と化しており、ここにも戦費調達のため国民に国債購入を求めた時代が重なる。

 国に対する債権者となることは国家財政への関心を高める-。国政批判がタブーの時代に「戦費と国債」はこう記した。今こそこの一文をかみしめ、75年前の反省が軽視されていないかを厳しく見極めたい。

(注)●は郎の異体字 左側が良

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