社説

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 災害復興の道のりは長い。社会情勢は変化し、年月とともに頭をもたげ、深刻さを増す問題もある。

 阪神・淡路大震災から26年たった。巨大な復興再開発事業は完成に近づいたが、期待したにぎわいは戻らない。ついのすみかと信じた復興住宅から退去を迫られ、行政との裁判に疲弊する高齢者もいる。

 阪神・淡路で認知された災害関連死は、その後の福島第1原発事故や熊本地震で直接死を上回った。

 この現実を、変化に対応できなかった個人の問題に帰してしまえば、今後も災害のたびに苦しむ被災者を生むことになる。復興の過程で待ち受ける苦難に備え、社会全体で支える仕組みが必要だ。

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 塩崎賢明神戸大名誉教授が、被災地の現状を「復興災害」と記したのは震災から10年余りが過ぎた2006年のことだ。再開発や区画整理、災害公営住宅の整備など被災者を救うはずの復興政策が、長期にわたって被災者を苦しめている。そう警鐘を鳴らし、個々のニーズに合った政策転換を提言してきた。

検証をどう生かす

 その典型とされたのが、新長田駅南地区(神戸市長田区、約20ヘクタール)の復興再開発事業だ。全国最大規模の用地買収や売却は難航し、23年にようやく完了の見通しとなった。計画した再開発ビル44棟のうち41棟が完成し、今後も兵庫県立総合衛生学院の移転などが予定される。

 居住人口は1・4倍に増えたが、商業エリアの集客は低迷し、高額の管理費負担などが商店主らを圧迫する。主要産業だったケミカルシューズ工場は地区外に転出した。

 四半世紀を経て、市が初めてまとめた検証報告は、被災者の早期生活再建や、災害に強いまちづくりという「目標はおおむね達成できた」とする一方、「にぎわいに課題が残る」と分析する。

 全容が明らかになった事業収支の見込みは赤字が326億円に上り、市が保有する181億円分の商業床が売れなければさらに赤字幅が増える可能性がある。

 「広すぎないかとの不安」はあったが「復興事業として取り組んだ以上、行政内部でブレーキをかける者がいなかった」。当時の市担当者へのヒアリングからは、復興の名のもとにスピード重視で突き進んだ様子が伝わる。検証に当たった有識者会議メンバーの角野幸博関西学院大教授(都市計画)は「事業の進捗(しんちょく)に応じて状況を把握し、情報を共有して、最終判断をする仕組みが必要だった」と指摘する。

 問題は、この検証をどう生かすかだ。東日本大震災以後の被災地では「身の丈」に合った復興の重要性が強調され、これほどの大規模開発に挑む地域は見当たらない。

 長年にわたる奮闘と葛藤の軌跡がただ「反面教師」で終わるのは、市にも住民にとっても本意ではないだろう。少なくとも市職員は全員が報告に目を通し、新住民も巻き込んだ新長田の再生はもちろん、三宮再整備、ウオーターフロントや拠点駅などで進めるまちづくりに生かさねばならない。

 塩崎氏らとともに復興事業の検証や被災者支援に取り組んできた兵庫県震災復興研究センターの出口俊一事務局長(72)は、市の検証報告の再検証に取り組むことを決めた。

 会員の高齢化や資金不足の悩みはあるが「復興のために仕方なかった、で多くの問題を済ませてはならない。市民の視点で政策の誤りをただしていく」と話す。

 もう一つ、力を注ぐのは借り上げ復興住宅の退去問題だ。20年間の入居期限が過ぎたとして神戸市から突然退去を求められ、市との裁判にも敗れた高齢者の転居先を探し、ケースワーカーらと本人の体調などを確認しながら物件を訪ねて歩く。

市民の視点忘れず

 「被災者に無理な負担を強いる制度の問題点は尽きないが、もはや極めて個別の支援が必要な局面だ」と出口さん。制度からこぼれ落ちた人を最後に救うのは人の力しかない。しかし、その力を引き出し、持続させる仕組みは十分とはいえない。

 一人一人の被害状況とニーズを把握し、福祉行政や市民団体とも連携し、制度を組み合わせて必要な支援を届ける。「災害ケースマネジメント」の考え方を広く根付かせ、実践を重ねる必要がある。

 法制度を変えていくのも人である。阪神・淡路の長い歩みを市民の視点で問い直すことで、「最後の一人まで」を支える復興の理想像に一歩でも近づきたい。

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