社説

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 発生から10年が過ぎた東日本大震災の被災地は、高台移転など復興が進む。津波の痕跡は少なくなり、被災の惨状が見えにくくなった。

 つらい体験を思い出し、今も眠れぬ夜を過ごす人がいる。それでも、年月がたつにつれ、社会全体の記憶は薄れていく。震災体験を継承する取り組みは、重要さを増す。

 あの日から5年後に出され、版を重ねる本がある。「16歳の語り部」。震災当時、この本を書いた3人はまだ小学校5年生だった。出版時は高校生になっていた3人が被災体験を基につづった一冊だ。

 著者の1人、雁部那由多(がんべなゆた)さんは、小学校で黒い津波を目の当たりにした。「僕たちが、あの日、あのとき、何が起こったのかを理解できた最後の世代。その体験を自分の言葉で伝えられる最後の世代」と語る。

 出版までの5年は、悩み、考え、当時を振り返るために必要な時間だったという。そして「あの日のことを語ることで誰かの命を救えるかもしれない」と思い至った。雁部さんは体験や教訓を伝える活動に意味を見いだす。心の中で受け入れ、その後の自身の生き方を考える上でも大切な過程となっている。

 東日本大震災は過去に経験したことのない複合災害だ。どんな被害が生じ、どう克服したのか。どんな課題を残したのか。福島の原発事故は避難生活の長期化や住民間の分断など現在進行形である。語り続けることで改めて社会の関心を高め、政治や行政を動かす必要もある。

 災害はどこで起きるか分からないからこそ、語り部同士がつながり、教訓を共有する意義は大きい。

 神戸在住の山地久美子・大阪府立大客員研究員は、2016年から兵庫や宮城、熊本で「全国被災地語り部シンポジウム」の開催に尽力してきた。「1人の体験では被災の全てを語り切れない。多様な経験を伝え合い、学び合うことが、未来の災害への備えになる」と強調する。

 災害は10年を機に関心が急速に薄まるとされ、東日本では今後の活動が重要となる。あの日を知らない世代も増えていく。記憶のバトンを手渡すために、若者が活動の輪に加わる仕組みづくりが欠かせない。

 超高齢社会の日本で、幅広い世代が語り部に参加するには、社会貢献活動として防災や教育の中に明確に位置付ける必要がある。国や自治体が「語り部基金」を創設するなど財政的な支援も考えるべきだ。

 語り部は次に来る災害で命を守るために話す。伝えられるべき事実や「わがこと」として共有されるべき教訓を。あの日を語ることは未来を語ることである。

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