社説

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 政府はきのう、新型コロナウイルス対策で兵庫など9都道府県に発令している緊急事態宣言の再延長を決めた。5月11日までの期限を月末まで延長していたが、感染状況が十分改善しなかった。とりわけ医療現場の逼迫(ひっぱく)は厳しい。

 再延長は6月20日までとなる。東京五輪が開幕する7月23日のほぼ1カ月前だ。米国務省は今月、日本に対する渡航警戒レベルを最も厳しい「渡航中止・退避勧告」に引き上げた。この状況で五輪・パラリンピックは本当に開催できるのか。

 政府は「安心、安全な大会にする」と繰り返すのみで、国民の不安や疑問と向き合おうとしない。国民が納得できる万全な感染対策を示しているとは言えまい。根拠のある具体策を打ち出すことができないなら、政府や東京都、大会組織委員会は再延期の可能性を探り、中止も視野に入れるべきである。

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 2020年東京五輪・パラリンピックの開催は13年に決まった。その際、政府は東日本大震災からの「復興五輪」を大義名分に掲げた。しかしコロナ禍で1年延期となり、今は「コロナに打ち勝った証しに」と目標を掛け替えている。

 ところが、昨夏よりも今の方が取り巻く環境は厳しい。この1年、対策が適切になされていれば結果は違ったのではないか。

 共同通信の世論調査では、中止すべきと答えた人は4月が4割、5月が6割だった。国民の多くが不支持に傾いている。五輪が歓迎されない状況をつくった政治の責任は重い。

■拭えぬ医療への不安

 鍛錬を積み重ねた選手らの活躍は人々の熱狂と感動を呼ぶだろう。経済効果も大きい。安全に開催できるのなら、もちろんそれが望ましい。

 だが、五輪・パラ開催によるリスクは高まるばかりだ。

 宣言下の今、最も懸念されるのはインドに由来する変異株の拡大である。英国株よりも感染力が強いとされ、兵庫県内でも確認された。病床数も医療スタッフも不足している現場は極限の状態が続く。医療の逼迫は容易に解消できそうにない。

 国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ調整委員長は、緊急事態宣言の発令中でも開催は可能と述べた。全国から多くの観客が集まり、地方に戻る。無観客でも関係者が集散する。ワクチン接種が遅れる日本では人の動きそのものが危険であるとの認識に欠け、理解に苦しむ。

 大会期間中、世界各国の選手約1万5千人と関係者約7万8千人が来日する。海外からウイルスが持ち込まれる恐れも否定できない。万一、感染拡大を招くようなことがあれば、誰がどう責任を取るというのか。

 国内では感染者の入院先が足りず、自宅療養中に亡くなる事例などが続く。その中で大会関係の感染者が出れば地域医療が圧迫される不安は拭えない。五輪関係者用の指定病院を設ける計画もあるが、国民の理解を得られるとは思えない。

 開催を中止した場合の損失は1兆8千億円規模で、「緊急事態宣言1回分より少ない」との試算を野村総合研究所は公表した。経済の面からも開催には疑問符が付く。

■問われる大会の理念

 緊急事態宣言の延長決定後の会見で、菅義偉首相は「国民の命と健康を守るのは政府の責務」としたが、宣言下でも五輪を開くかとの質問には「解除できるように最善を尽くしたい」と述べるにとどまった。

 政府は感染対策として、入国前後のウイルス検査やワクチン提供に加え、選手らの外部との接触を断つ「バブル方式」を取る。行動制限の徹底は容易ではなく、専門家からは科学的ではないとの批判も出る。

 IOCのバッハ会長は開催に向け、「われわれは犠牲を払わなければならない」と述べた。既に国民は我慢を強いられ、幅広い業種が休業要請などの痛みに耐えている。

 競技の公平性、正当性の観点からも、懸念が高まっている。コロナ禍で選手の選考が進まない国や、予選を実施できない競技もある。参加を見送る国が出ることもあり得る。

 五輪は単なる競技大会ではなく、友情と連帯によって相互理解を深めるという理念に支えられた「平和の祭典」である。選手と国民が交流する機会も少なく、五輪の意義は失われつつある。

 このまま開催に突き進むリスクは大きい。それでも大義はあるのか。菅首相の言葉からは見えてこなかった。政府は、感染状況を冷静に見極め、国民の命と暮らしを守るために決断する責任を果たすべきだ。

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