社説

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 東京五輪が閉幕した。新型コロナウイルスの感染拡大で史上初の1年延期となり、原則無観客となった。東京に緊急事態宣言が発令される中での異例ずくめの大会だった。

 7月23日の開会式から17日間の会期が終わり、ようやくきのうの閉会式にこぎ着けた。ただ、国内の新規感染者数は爆発的に拡大し、各地で医療体制が危機的な状況に陥った。

 政府と東京都、大会組織委員会は招致段階で東日本大震災からの「復興五輪」を理念に据えた。だが新型コロナ対策が喫緊の課題になると、菅義偉首相は「コロナに打ち勝った証し」「世界の団結」を掲げた。理念は揺れ動き、「何としても成功させなければいけない」(首相)と、開催そのものが目的化した。

 準備段階から、政府や組織委は次世代にレガシー(遺産)を残すことに重きを置いてきた。東京五輪のレガシーとは何だったのか。

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 大会には205カ国・地域と難民選手団を合わせ約1万1千人の選手が参加し、競技に躍動した。

 兵庫県ゆかりの選手では、柔道の阿部一二三(ひふみ)選手、詩(うた)選手=神戸市出身=が兄妹で優勝した。男女のきょうだいによる金メダル獲得は日本初の快挙で、地元を大いに沸かせた。

 清原奈侑(なゆ)選手=園田学園女子大出身=が出場したソフトボールは北京五輪に続いての連覇を果たした。陸上女子1500メートルでは田中希実(のぞみ)選手=小野市出身=が日本新で決勝に進み、価値ある8位入賞。男子高飛び込みの玉井陸斗選手=宝塚市立高司中=も7位入賞と健闘した。

 競泳女子個人メドレーで大橋悠依(ゆい)選手が400メートルと200メートルの2冠を達成するなど、日本は金27個、銀14個、銅17個を獲得し、金と総数で過去最多を上回った。コロナ禍の不安定な環境下で鍛錬を重ねた選手らには、惜しみない拍手を送りたい。

 開幕前、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は五輪への反発を巡り「競技が始まれば機運は上向く」と発言していた。選手への賛辞と開催の是非は別問題であると改めて確認しておきたい。

遠かった「安全安心」

 菅首相は「国民の命と健康を守る」「安全安心な大会にする」と繰り返したが、実効性ある感染対策は示してこなかった。東京では五輪開幕前からコロナの新規感染者が急増した。7月28日に3千人を超え、31日には4千人台、8月5日には5千人台に達し、深刻化していった。

 原則無観客が決まったのは開幕2週間前だ。全国から観客が集まり、感染状況がさらに悪化していることを想像すると、背筋が寒くなる。

 首相らは五輪と感染拡大との関係はないと主張している。しかし祝祭ムードが感染対策に緩みをもたらしたとの指摘は否定のしようがない。五輪開催を断行した政府は感染拡大の責任を免れないだろう。

 一方、選手や関係者に400人以上の陽性者が出て、選手村でのクラスターも発生した。主催者側は選手らを隔離する「バブル方式」に自信を見せたが、選手村からの外出や村内での大人数の飲酒など、ほころびも次々と指摘された。

 猛暑も問題だった。テニス選手から「死ぬかもしれない」と悲鳴が上がり、失神した選手も出た。真夏の開催は巨額の放送権料を払う米テレビ局の意向とされるが、野外での競技にはそもそも無理がある。

 コロナや熱中症で重症者が出なかったのは偶然でしかない。

理念や精神かけ離れ

 大会は準備段階から問題が噴出した。女性蔑視発言による森喜朗組織委会長の辞任に始まり、開会式の制作・演出チーム内で不祥事による辞任や解任が相次いだ。いずれも五輪の精神に反し、日本の人権意識の低さを世界に印象付けてしまった。

 また、IOCの商業主義や運営を巡る傲慢(ごうまん)さも浮き彫りになった。

 スタッフ向け弁当が大量に廃棄された問題も発覚した。組織委は食品ロスへの自覚に欠け、大会テーマの「持続可能性」に疑問符が付いた。

 復興五輪も持続可能な五輪の在り方も十分に体現できず、国内外の共感を得ることができなかったのは残念でならない。

 一方で、ベラルーシ代表選手の亡命問題などで、世界の紛争や格差、圧政の問題に人々の関心が向くきっかけになった。

 東京大会で見えてきたこうした課題を真摯(しんし)に受け止め、五輪とは何かを考え直すきっかけとしたい。新たな五輪の姿を導き出す起点になるなら、そこから真のレガシーが生まれてくるのではないか。

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