社説

  • 印刷

 人と話す機会が持てない。コロナ禍での制限や自粛は、私たちの生き方を息苦しいものに変えました。

 観光業や飲食業などが被った苦境は、働く人たちの家計まで直撃しています。収入減や失業の問題が重くのしかかり、全国の自治体には生活困窮の相談がコロナ禍以前の2・5倍も寄せられています。

 働く女性の多くは非正規雇用。先の見えない不安の中で命を絶つ人が増えているのも心配です。

 「消えたい、楽になりたい」。コロナ禍で失職した兵庫県内の女性は神戸新聞に電話をかけ、寄る辺のない心情を記者に伝えました。

 孤独や孤立が忍び寄っています。生きるのがつらいと感じたとき、ひとときでも心の重荷を下ろせる場所が必要ではないでしょうか。

    ◇

 「心のよりどころになりたい」。コロナ禍のさなか、そんな思いで誕生したお寺が尼崎市西長洲町にあります。「道心寺」。料亭だった建物を改修し昨年7月に開山しました。

 住職は落語家、露の団姫(まるこ)さん(35)。比叡山延暦寺(えんりゃくじ)で得度してお坊さんになりました。どちらも子どもの頃からの夢だったそうです。

 本堂には舞台もあり、このお正月もお寺で寄席を開きます。

苦しみを同じくする

 以前からネットで悩み相談をしていた団姫さんは、自分のお寺を持ちたいと落語の収入を貯金に回し、ローンを組みました。コロナ禍で計画は1年延びましたが、支援者の寄進も得て実現にこぎ着けました。

 もともと「死ぬのが怖い」と宗教書を読みあさる少女でした。高校生の頃には「死にたい」と思い詰めたこともあったそうです。「どんな人も大切な存在」と説く仏教の法華経(ほけきょう)に触れて心が楽になったことを思い、「死んだらお釈迦(しゃか)様が悲しむ」と考えて乗り越えたと言います。

 年配の人の相談も少なくありません。まだ若い宗教者として話を聞く上で大切にしているのが、仏教で言う「同苦(どうく)」です。

 収入が減って家賃を払えない人がいます。「自分のように家賃を払った経験のある人は、そのつらさがよく分かる。苦を同じくすることで、人の心の苦しみを抜いてあげたい」

 コロナ禍で目立つのは「話す相手がいない」という悩みですが、孤独の原因はコロナに限りません。

 尼崎JR脱線事故で負傷した人は「時間がたつと周囲が事故のことをあまり聞いてくれなくなった」とこぼしているそうです。「楽しさを共有する友だちはいても、悲しさに付き合う人は少ない。それが今の時代では」と団姫さん。

 体験や思いがそのまま共有できなくても、相手の言葉に耳を傾けることが何より大事と話します。

SOSをためらわず

 ある日、自宅で自死を図った男性が「SOS」のメールを送ってきました。住所を知る人に急行してもらい、事なきを得ましたが、ぎりぎりまで苦しみを抱え込む例が男性には少なくないそうです。「男は弱音を吐けない」というジェンダー意識の影響と団姫さんはみています。

 孤独や孤立は、コロナ禍の前から社会問題とされていました。英国が「孤独担当相」を置いたのは2018年。菅政権が「孤独・孤立対策担当相」を任命したのは昨年2月。岸田政権は居場所づくりなどを盛り込んだ重点計画を策定しましたが、日本の対策は緒についたばかりです。

 生きる意欲は主に他者との関係を通して育まれます。反対に、孤独・孤立は生きる意欲をそいでしまいます。懸念されるのは、いざ助けが必要となったときにSOSを出す相手が誰もいない事態です。

 生活苦や病気などでつらい思いをしているのに、孤立してしまう。負の連鎖は断たねばなりません。

 「迷惑をかけたくない」と耐える人も少なくないでしょう。「自分が悩みを抱えている。そのことを苦にしないでほしい」と団姫さん。ためらわずに声を上げる。その声を受け止める場や人が増えれば、今よりもきっと優しい社会になるはずです。

社説の最新
もっと見る
 

天気(5月22日)

  • 26℃
  • ---℃
  • 20%

  • 28℃
  • ---℃
  • 20%

  • 26℃
  • ---℃
  • 10%

  • 29℃
  • ---℃
  • 20%

お知らせ