政府は、新潟県にある「佐渡島(さど)の金山」を世界文化遺産に登録するよう求める推薦書を、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出した。
手作業による金の採取から精錬までの遺構を残す鉱山遺跡は、世界でも例がない。「人類共通の遺産」として未来に伝える価値があるのは確かだ。地元の期待も高まっており、登録の早期実現を望みたい。
ただ、道は厳しい。「多くの朝鮮半島出身者が働かされた現場だ」と韓国が反対しているからだ。
来年には登録の可否が審議される見通しだが、ユネスコは関係国との協議を重視する方針で、審査そのものが棚上げされる可能性もある。
世界遺産は国際条約に基づく制度で、登録には多くの国の支持が不可欠だ。理解が得られるよう、政府は説明に力を尽くさねばならない。
金山は二つの遺跡で構成され、江戸時代に世界最大級の金の産出量を誇った。戦争中は銅や亜鉛なども生産し、1989年の操業休止まで400年近くも操業が続けられた。
地元自治体や市民団体は以前から推薦を求めてきた。国の文化審議会が昨年末に「適当」と評価し、ようやく日本の候補に選定された。
しかし、朝鮮半島出身者が働いていたとの記録があるため、韓国は反発を強めている。日米韓連携を重視するバイデン米政権を刺激する恐れもあり、岸田文雄首相は当初、今年は推薦を見送る意向だったという。
翻意の背景には、安倍晋三元首相ら自民党保守派議員の突き上げがあったとされる。夏の参院選を控え、「韓国に弱腰」と保守層が離反しかねない。方針転換は政権維持への「苦渋の決断」なのだろう。
文化的な議論に国際政治を絡める韓国の姿勢には首をかしげる。とはいえ、日本も旧植民地時代の負の歴史に向き合わなければ、共感の輪は広がりにくいのではないか。
2015年に長崎市の通称・軍艦島などが世界遺産に登録された際も同様の問題が指摘され、日本は「犠牲者を記憶にとどめるために適切な対応を取る」とした。だが展示に朝鮮半島出身者への差別的対応を否定する内容が含まれているとして、ユネスコ世界遺産委員会が「日本の説明は不十分」との決議を採択した。
そもそも関係国の合意重視のルールを提唱したのは日本だ。重要文書を保護するユネスコの「世界の記憶」に中国が「南京大虐殺」の資料登録を申請した際、外交問題になるような案件を避けるよう訴えた。
今回は、日本が合意を求める立場にある。首相が述べたように、「誠実に対話し、冷静かつ丁寧に議論」する努力を重ねて国際社会の扉を開けるしかない。
