社説

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 世界最高峰の映画賞とされる米アカデミー賞で、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞に輝いた。カンヌ国際映画祭脚本賞、ゴールデン・グローブ賞非英語映画賞などに続く栄誉であり、日本映画の芸術性の深さを改めて世界に知らしめた。コロナ禍やウクライナ情勢など重苦しいニュースが続く中での朗報を心から喜びたい。

 日本映画のアカデミー賞受賞は、滝田洋二郎監督の「おくりびと」以来13年ぶりだ。「ドライブ・マイ・カー」は作品賞や監督賞、脚色賞にもノミネートされたが、作品賞の候補になること自体が日本初の快挙である。監督賞候補も黒沢明監督以来36年ぶりで、世界の「ハマグチ」と認められたと言っていい。

 濱口監督は2013年から約3年間、神戸に住んだ。デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)の演技ワークショップに参加した女性4人を主演に起用し、神戸でロケをした映画「ハッピーアワー」(15年)は、スイス・ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受けた。

 東京芸術大大学院時代の恩師が、神戸出身の黒沢清監督という縁もある。身近に感じられる映画人が世界で評価されたのもうれしい。

 受賞作は、妻を亡くした舞台演出家が、演劇祭のために訪れた広島で愛車の専属運転手となる女性と出会い、妻の秘密や自らの内面と向き合っていく物語だ。喪失から希望に向かう繊細な心情を丁寧に描く。

 原作は作家村上春樹さんの同名小説で、濱口監督は「原作の力が大きい」と謙虚に語る。ただ、シナリオはこの小説を収めた短編集「女のいない男たち」の他2編の要素も入れて、巧みに紡いでいる。村上作品の魅力を生かしつつ、独自の映画に仕立てた手腕には感服するしかない。

 受賞後、濱口監督は「肌の色も言葉も違うけれど、傷や弱さを抱える同じ人間なんだということを受け止めてもらった」と述べた。賞を主催する米映画芸術科学アカデミーは「白人男性中心」との批判を受け、近年、女性や人種的少数派の会員を増やした。今年の作品賞が2年連続で女性監督に決まるなど、多様な作品が正当に扱われる傾向は望ましい。

 一方で残念なのは、授賞式でプレゼンターに妻の容姿を巡る冗談を言われ、怒った俳優が平手打ちをした問題が起きたことだ。暴力も侮辱も許されないのは言うまでもない。

 「ドライブ・マイ・カー」は手話を含む多言語の劇中劇を組み込み、多様性尊重のメッセージを伝えている。分断が進む現代では、この映画のように、人間の本質を掘り下げ、人と人との関係を問い直す上質で静謐(せいひつ)な作品こそがふさわしい。

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